扉が開くにつれアドレナリンがびゅんびゅん回り始めている感じのアオイとミツキ/カスミを見ながら慧子は不安が隠せない。
(心の中で)せっかくおびき出したアオイとミツキを、敵が簡単に殺すとは考えにくい。無力化して捕えることを第一に考えるはず。
大部屋からの脱出経路があるなら、自分たちは退避して催眠ガスを充満させるかもしれない。いや、その手を使うなら、大部屋の扉をあけたりせず、廊下に催眠ガスを充満させればよいことだ。
(心の中で)催眠ガス以外となると、麻酔銃か睡眠薬を矢じりに塗ったボウガンだ。不用意に大部屋に飛び込むと、待ち構えている射手のえじきになる。
しかし、この廊下で話すことも聞き取られているに違いない。声に出してアオイ達に警告することができない。困った……
さっきも言ったろ。
あんたに殺された田之上カスミの霊魂だ。あたしは霊魂だから、誰の頭の中にも入り込める。悩み事があんなら、聞いてやってもいいぞ。
それは好都合だ! あなたとアオイに伝えたいことがある。
慧子は、カスミに麻酔銃と毒矢を放つボウガンへの対策を伝える。
ふーん、あんたの言うことがもっともな気がする。
わかった、アオイに、あんたの言う通り動くよう伝える。もちろん、あたしも、言われた通りにする。
3人は並びを変えて、中央に慧子、左右にアオイとミツキ(今はカスミ)が横一列で並ぶ。扉から3メートルほど手前で立ち止まった。
扉の開口部の向こうはミニシアターのような階段上の部屋になっていた。その部屋は、もっと大きな工場のような建屋の壁から張り出しているらしく、全面ガラス張りになった正面の向こうに製造設備のようなものが並んでいるのを俯瞰して見ることができる。
扉の開口部の中央からガラス張りの正面まで幅2メートルほどの通路が貫き、その両側にコンソールと椅子が並んでいる。椅子に座っている人影はない。コンソールの反対側に身を隠しているのだろう。
この部屋の下に広がっているのは、人間兵器の製造施設に違いない。この部屋は施設を監視し、製造工程を管理をするためのオペレーション・ルームね。
ふんっ、ビビッて、コンソールに隠れてやがる。でも、結構な人数、いるぜ。
隣にいる先生が、お姉ちゃんを、そういう風に改造したみたいだよ。
(心の中で)私は、そんな能力は与えていない。しかし、カスミは霊魂だ。思いがけない能力があるのかもしれない。
3人が一斉に駆け出す。アオイとミツキ(カスミ)は、左右に飛んで、扉の開口部と廊下の壁の角に身を隠す。
慧子はヒップホルスターから拳銃を抜きながら室内に飛び込む。
右手のコンソールの陰から麻酔銃を構えた男性が立ちあがった。
慧子は、麻酔銃を構えた男の頭を一発で撃ち抜く。
続けて、左側からも麻酔銃を手にした男が現れる。頭を狙う余裕がなく、胸に二発見舞う。
右手からボウガンを構えた男が現れ、これは頭を撃ちぬいた。
慧子に胸を撃たれた男がコンソールに手をかけて立ち上がろうとしたが、ぐっと息を詰まらせて倒れた。
そうだ。あんた、危ないとこだったぞ。
死刑執行を延期してやったことに加えて、二つ目の貸しだ。
相手は防弾ベストを着ているみたいね。胸を撃っただけでは、行動不能にできない。
あたしの放電は、防弾ベストなんかで防げない。カスミの脳破壊攻撃の前でも防弾ベストは無力だ。慧子は、あたし達の後ろに控えてろ!
目に入った敵を、片っ端からやっつける。博士は、アオイとあたしの取りこぼしを拾っていけ。
この部屋を、大掃除だ。
だめ。あなた達は、一人のターゲットを攻撃している最中に他の人間から襲われたら感知できない。私が先に立って撃ちまくり敵をいぶり出すから、そいつら一人ずつ倒していきなさい。
人に命令するのが好きな奴だな。うざいけど、アオイの頼みだから、言うことを聞いてやる。
その代わり、あんた、カッコつけて、撃たれんなよ。あんたが撃たれると、アオイが悲しむ。
慧子は、手近のコンソールに銃弾を浴びせる。
撃ち返そうと頭を出した敵を、カスミが脳破壊で倒す。コンソールの陰から出てこない敵は、慧子がコンソールの角を回り込んで撃つ。
慧子は、弾が切れると敵の銃を拾い撃ち続けた。
アオイは、慧子とカスミの攻撃を免れた敵を一度に二人から三人ずつ放電で倒していく。
はぁ~(と肩で大きく息をついて)、小便もらしながら震えてる奴は、出てこい!
あたしが、不安とおサラバさせてやるぞ。
カスミ、大勢の命を奪ったかもしれないのよ。下品な言葉で、怖がっている人をバカにしないで!
お姉ちゃん、ごめん……
あたしも、本当は、怖いんだ。それに、人を殺すことに疲れた。こんなこと、早く終わってほしい!
カスミ、ごめん。あなたばかり、辛い目を合わせて。私と代わりましょう。あなたは、少し休みなさい。
大丈夫。カスミを守るためなら、何でもできる。私を信じて。
ミツキが慧子に近づこうとすると、コンソールの陰から無傷の女性が飛び出し、ミツキを羽交い絞めにしてこめかみに銃を当てた。
(慧子に向かって)銃を捨てろ! さもないと、こいつを撃つ!
そこじゃない! 床に捨てて、足でこちらに蹴ってよこせ!
女が、ミツキのこめかみに当てていた銃口を、慧子に向け直した。
仲間の敵討ちだ。まず、あんたを殺して、それから、二人のガキも殺してやる。
うっ!
女が急に息を詰まらせ、銃の狙いが慧子からそれる。ミツキが女から身を振りほどいて、伏せる。
慧子の斜め後方から閃光が奔り、女を弾き飛ばした。アオイが女に向けて放電したのだ。
慧子は銃を拾い、床に伏せているミツキに駆け寄る。
博士、わたし、私、生まれて初めて、人を(声がのどに詰まって、言葉にならない)。
(ミツキの背中をさすりながら)人間なら、ショックを受けて当然よ。こんな私だって、初めて人を撃った時は、足元にぼかっと穴が開いて、地獄に落ちていく気がした。
でも、あなたのしたことは、正当防衛。私の命を救ってくれた。ありがとう。
慧子、すすり上げているミツキの両肩に手をかけ、正面を向かせる。
ミツキ、あなたは、優しい子よ。自分の都合とか、自分の怒りにまかせてとか、そんな理由で他人を傷つけることは、絶対にしない。そんなミツキをこんな事に巻き込んで、ごめんなさい。
私からお願いする。このことで、そして、この後にまだ起こるかもしれないことについて、自分を責めないで。絶対に、自分のことを嫌いにならないで。
(すすり上げながら)約束します・・・・・この後も、みんなを守るために闘うことも、誓います。
慧子が、ミツキを強く抱きしめた。
アオイの大声が聞こえてきた。
クソッ、製造施設の方に逃げる気だ。逃がしてたまるか!
正面のガラス脇に開いた通路を使って逃げ出そうとする3人をアオイの電撃がなぎ倒す。
アオイが正面のガラスに駆け寄り、顔をつける。
あっ、クソ、もう5,6人が製造施設の方に逃げ込んでる。白人女性もいる。あれが、カレン・ブラックマンだな。武器商人に兵器開発者を連れ去られたら、大変だ。
アオイが通路に駆け込もうとした時、廊下の方から、ドカーンという爆発音が聞こえ、建物全体が揺れた。
アオイが通路から戻る。アオイ、ミツキ、慧子の3人は目を見合わせた。