58.人質救出

文字数 2,048文字

アオイたちが乗ったエレベーターが地下2階についた。開きそうになるドアを閉めて身を潜めていると、地下2階の廊下にアナウンスが流れるのが聞こえた。
レノックス博士、アオイ君、ミツキ君、そして、どなたか存じ上げないが男性の方、君たちがエレベーターの中にいるのは、わかっている。
うん?

(心の中で) エレベーターが到着したとわかるのは、不思議でない。乗っているのがアオイとミツキ君だという見当もつけられるだろう。だが、なぜ、レノックス博士と私がいることまで、わかるのだ? もしかして?

幸田がエレベーターの天井を見上げる。天井の隅にちらりと光るものが見えた。
(小声で)しまった、私がうかつだった。小型監視カメラがついている。会話も聞かれたかもしれない。
(驚いたアオイが大声で)えっ、じゃ、サーモグラフィーの解析結果も?

その通りだ、レノックス博士の解析結果は聞かせてもらった。博士が見抜いた通り、人質の少年は、小部屋に一人で収容してある。

こうして、あたし達が来たんだ。早く、伸一君を解放しろ!
まず、君達が出てくるのだ。
あんたが人質を解放したら、あんたの所に行ってやると、救急外来で何度も言った。


その原則は、あたしがエレベーターの中にいても、同じだ。人質の解放が先だ。

私の手元に、人質の部屋への青酸ガス注入ボタンがある。

君達にじらされていると、キレて、いつ、このボタンを押さないとも限らない。それでも、いいのかな?

私は、青酸ガス注入スイッチのボタンに指をかけている。さあ、どうする?
アオイがエレベーターの開ボタンを押した。開き始める扉の間から飛び出そうとするアオイを幸田が後ろから羽交い絞めにして引き留める。代わりに、隙間から慧子が飛び出し、廊下の真ん中で仁王立ちになった。
レノックス慧子だ。お望みどおり、こうして来てやった。私と引き換えに、人質を解放しなさい。
レノックス博士、うぬぼれてもらっては困る。まだ言っていなかったかもしれないが、私はカレン・ブラックマン博士を捕らえた。新モデルを手に入れた後に、旧モデルに用はない。


アオイとミツキのオマケとして、あなたも欲しいと思っただけだ。あれば嬉しいが、なくても、困らない。

「オマケ」というリケルメの言葉を聞いた瞬間、アオイが幸田に接触放電した。幸田が全身を激しく痙攣させて、床に倒れる。

アオイはエレベーターを開けて、飛び出した。

博士を侮辱するな!

あたしこそ、博士のオマケだ。これで、こっちの駒はそろった。伸一君を、今すぐ返せ。

ダメだ。田之上ミツキも、必要だ。
エレベーターの中で、ミツキがカスミに声をかける。
カスミ、行くわよ。
おぅ、姉ちゃん、任せとけ。身体を借りるぞ。
カスミが乗っ取ったミツキがエレベーターから出てきて、アオイの横に立つ。
これで、三役そろったぞ。伸一君を返せ。
あなた達……
いいだろう。取引成立だ。
アオイたちの背後で、ドアが開く音がする。


アオイが向きを変えて、部屋の一つに駆け寄る。

伸一君!
アオイお姉ちゃん!
アオイ、伸一に駆け寄り抱きしめる。
伸一君、あたしのせいで恐い目にあわせて、本当に、ごめんね。
(しゃくり上げながら)お姉ちゃん、ボク、恐かったよ。でも、お姉ちゃんがきっと助けに来てくれると思ってた。
伸一の小さな身体が、アオイにきゅっと抱きつく。アオイは、伸一を抱き上げ、廊下に出る。

アオイ、エレベーターの前で、伸一を降ろす。

エレベーターの中では、幸田が四つん這いになって、立ち上がろうとしている。
幸田、大丈夫か? 感電させて悪かった。

野郎が慧子のことを「オマケ」と言いやがったんで、つい、熱くなっちまった。ホント、すまなかった。

大丈夫だ。すぐ、動けるようになる。私も、ここから出て君たちと闘う。
いいや、幸田には別にやってもらうことがある。
アオイは、抱いていた伸一を幸田のかたわらに降ろした。
伸一君、その人は、あたしの伯父さんだ。今はぐだっとしてるけど、すぐ元気になる。元気な時の伯父さんは、すごく強い。強くて頭がいい。伯父さんが伸一君を家まで送るから、安心するんだ。
アオイお姉ぇちゃんも一緒でしょ?
伸一が、アオイの脚にしがみついてくる。
あたしは、ちょっとやることがある。片付いたら、伸一君の家に行く。待っててくれ。
いやだ、いやだ。アオイお姉ちゃんも一緒でなきゃ、いやだ。

アオイは自分の脚から伸一の身体をもぎ離し、エレベーターの中に放り込む。伸一の小さな身体がエレベーターの中を突き当りまで転がった。


アオイがエレベーターの上りボタンを押し、エレベーターが閉じ始める。
幸田、伸一君を頼んだぞ。「M」によろしくな。
アオイを真ん中に、その右にカスミ(ミツキ)、左に慧子と、3(+1)人が横一列に並んだ。
さぁ、行こう。


連中の度肝を抜いてやろうぜ。

こうなったら、とことんやりましょう。
ど派手なショーをぶち上げるわよ。
おぉ、もちろんだ。地獄の鬼も逃げ出す、最強カルテットのおでましだ。
四人の前方、廊下の突き当りにある大部屋の扉が、ゆっくりと左右に開き始めた。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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