20.攻撃!

文字数 2,527文字

傭兵風の5人が一歩、前に踏み出す。上体をひねって右手を腰に回す。


アオイの意識が飛んだ。

意識が戻り、目の前の状況に驚くアオイ。


救急外来の玄関前で、5人の男が倒れている。後から来た傭兵風の5人だ。初めにアオイたちを出迎えた5人が、病院の中に逃げ込んで行く。

うわっ、なんだ、これ! まさか、あたし放電したのか? 幸田を巻き込んでないだろうな。
アオイが横を見ると、幸田が呆然と立ち尽くしている。アオイ、幸田に駆け寄る。
幸田、大丈夫か?
私は大丈夫だ。だが、いったい何が起こったのだ? 閃光が奔って、後から出てきた5人だけをなぎ倒した。
どうも、あたしが放電したらしい。というか、そうとしか考えられない。
放電? 非接触放電したのか?
あぁ……

うんっ! ミツキ! ミツキは大丈夫か?

アオイは、救急車に駆け込み、ストレッチャーに横たわっているミツキの首筋に指をあてる。脈がある。ホッとするアオイ。


アオイは救急車を下りて幸田のところに戻る。幸田は、倒れている男たちの一人の上着をめくっている。

この男、腰のホルスターに拳銃を納めている。アオイ、君は、こいつが銃を抜こうとするのを見て放電したのか?
違う。何も見てない。急に意識が飛んで、次に気が付いたら、こうなってた
幸田が傭兵風5人組の一人ずつ、上着をめくっていく。
5人とも銃を持っている。アオイ、しつこくて済まないが、本当に何も見なかったのか?

見てない。知らないうちに、こうなってた。
すると、君はこいつらが銃を抜こうとする気配を察して放電したことになる。
殺気をかぎつけるってやつか? あたしは17歳の多感な乙女だが、そんな敏感ではない。
人間が動作を起こす時、自分で「これから動作を起こすぞ」と意識する0.5秒前に動作を起こすための準備電位が脳内で発生する。君は、この男たちが銃を抜く動作の準備電位を感知して放電したのだと思う。
えっ? 自分がこれをしようと思うより先に、頭の中でそうする準備が始まっている?

そんな無茶苦茶なことが、あるもんか。

私もこの話を初めて聞いた時、「そんなバカな」と思った。だが、これは現代の脳科学が明らかにした脳の事実だ。
そうなのか? だけど、知らないうちに準備電位とやらが発生したとしても、本当に動作が始まるまでには「これから動作するぞ」って気づくだろう? そうでなかったら、人間は、準備電位の操り人形になっちまう。
気づく。準備電位が発生してから動作が行われるまでの間に、「これから動作する」と気づく。
だけど、ギリギリで気が付いても、始まってしまった動作を止めようがないぞ。
そうとは限らない。準備電位が発生してから実際の動作が行われるまで、短くても1.0秒かかる。準備電位の発生から0.5秒後に「これから動作するぞ」と気づくのだから、残り0.5秒の間に動作を止めることは不可能ではない。
待ってくれ、幸田。あたしは自分が放電するとは、全然気づかなかっ。気づいた時には放電が終わってた。てことは、あたしには、あたしの放電を止められないことになる。それは、ヤバ過ぎる。
君の放電するのが速すぎて、君の意識がついていけないのだろう。

だが、無意識のする事だから間違っていると決めつける必要はない。無意識の方が意識より賢い事だっていっぱいある。

あたしは意識があっても阿呆だ。そのあたしの無意識は、もっと阿呆だろう。

君は阿呆なんかじゃない。とても賢い女性だ。無意識の君も、賢い。君は、今の放電でターゲットを識別して与える打撃をコントロールしていた。銃を抜こうとしていた5んだけを気絶させ、他の5人と私とミツキにはダメージを与えていない。

気休めを言うな。
もっと、自分の身体を信じろ。私たちは、自分が意識しているより、もっと大きくて賢い存在だ。
チッ、他人事だと思って気楽に言いやがって。あたしは、自分が恐くて仕方ないよ。
ところで、私と連中のやり取りは撮影したか?
あぁ、意識が飛ぶ直前まで、撮ってた。
それなら長居は無用だ。さっさと引き揚げよう。
アオイと幸田はニセ救急車を走らせ、森の中に置いてきた幸田のミニバンに戻る。


幸田は救急車からミニバンに乗り移り、ミニバンのエンジンをかける。

アオイ、早く乗るんだ。急げ!

幸田、ひとり、忘れてるぞ。

幸田が、わけが分からないという顔になる。
ミツキも連れて行く。
バカを言うな! ミツキは、君を殺そうとしたのだぞ。
でも、あたしが勝った。それに、ミツキが、好きであんなことをしたはずがない。国防総省に無理強いされたんだ。
そうかもしれないが、危険すぎる。
幸田は、あたしが国防総省に兵器として使われないことは、あたしにとって良いことだと、言ったよな。ミツキも、兵器として使われるより人間として生きる方が幸せだと思わないか?
ミツキもそう思うとは限らない。一生国防総省から逃げ回るくらいなら、国防総省に兵器として使われる方がマシだと思うかもしれない。
ミツキがそう思うなら、国防総省に帰らせてやればいい。
どういう意味だ?
ここに置いてくと、ミツキは国防総省の暗殺兵器として使われるしかなくなる。連れて行けば、暗殺兵器として使われるか、逃げ回らなきゃいけなくても人間として生きるか、選ぶことができる。
だが、ミツキが国防総省に戻ると決めたら、から手では戻らないぞ。君を殺して首を持って帰ろうとするだろう。
戦国時代じゃないんだぞ、野蛮なことを言うな。大丈夫だ。あたしはミツキに殺されるようなヤマなタマじゃない。幸田、あんたのこともシッカリ守ってやる。
うつむいて考え込む幸田。
幸田、悩んでるのか? 悩むくらいなら、あたしの直観を頼れ。あんたが頭の中であれこれひねくり回したって、ろくな答えは出ないぞ。
分かった、ミツキを連れて行こう。

アオイと幸田は、救急車のストレッチャーからミツキを下ろし幸田のミニバンにの後部座席に横たえる。

あたしが撮った写真と動画は、どんなふうに使うんだ?
臓器密売ビジネスを追及しているジャーナリストを知っている。その人間に写真と動画を送り、記事を書いてもらう。大島病院だけでも、「肉屋」が使えなくしてやる。
おぉ、それはいいアイディアだ。


よし、じゃ、移動するぞ。
幸田がミニバンを発進させた。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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