15.カレン・ブラックマン博士
文字数 3,186文字
イズミが自宅マンションに戻ると、1人のアメリカ人の女性が待ち受けていた。
ミツキの所で、思ったより時間がかかりました。
博士のご心配どおり、あの子は、ダメです。
あの子は、ヤワ過ぎます。しかも、はじめての実戦。
チャンスがあっても攻撃できないか、攻撃はできても反撃されて壊されるか。どっちかでしょう。
あれは、相当なオバカですね。自分が追われる身だっていうのに、ミツキのことも私のことも、信じ切っている。
好意的に解釈してあげると、とても大らかなのかしら?
でも、人間兵器としては、ミツキなんかとは別格。「かかってこい、いつでも相手になってやる」という殺気が全身からほとぼしっています。信じ切っているミツキから攻撃されてショックを受けたとしても、肉体が自動的に反撃するはずです。
ミツキに勝ち目はない。ミツキとアオイが一緒にいる時にあなたが攻撃指示を出すと、あなたがアオイの反撃に巻きこまれるわね。離れた所から、指示を出せそう?
ベスト・タイミングで指示するのが、難しくなります。
ベスト・タイミングで指示したからミツキが勝てるものではないでしょう。だったら、潰されるのはミツキ一人で十分。ミツキのそばにアオイがいない時に、ミツキに指示しなさい。結果を見届ける必要はない。すぐに退去して。
ミツキが壊れたら、スクールが救急車を呼ぶはず。そこに「肉屋」のニセ救急車が駆けつける。そういう段取りで行きます。
フリースクール近くに空きガレージを見つけて、そこに待機させてあります。
了解です。
博士、ひとつだけ、質問してもいいですか?
私は、アオイ狩りに、実績のある2018シリーズではなく2019シリーズの初号機が採用されたことに納得がいきませんでした。そこに、ブラックマン博士が、アオイ狩り作戦の監視役として現れ、博士の上司から私への協力依頼書をいただきました。ですから、こうして身内のエージェント・マスムラには秘密で、博士に協力しています。
ただ、20191、ミツキが採用された経緯は、まだ、うかがっていません。教えていただけますか?
上司から、あなたに伝えてはならないと釘を刺されている内容を含むから、伝えていなかった。
釘を刺されていない部分だけでも、教えていだだけませんか?
わかった。
では、釘を刺されなかった部分について、話す。
日本でアオイ狩りをすると決まった時、私は、2018シリーズの他の4機、20181~20184を全て投入してアオイをひといきに押しつぶすよう提案した。こちらの4機は無傷でアオイを粉砕できるというシミュレーション結果を添えて。
私も、2018シリーズと組んで暗殺任務に従事したことがありますが、博士がおっしゃるのが正解だったと感じます。まして、シミュレーションもされたのでしょう。
ところが、レノックス博士が強硬に反対した。私のシミュレーションは机上の空論で、本当に1対4で衝突したら、こちらも2機が甚大なダメージを受けると言い張った。
人間兵器開発チームのリーダーから降ろされてCIAの監視対象になっているレノックス博士の言葉に耳を傾ける人間が、いるのですか?
人間兵器開発チームのリーダーは私だけど、私は新型を開発中。
それに対してレノックス博士は、過去に開発した2018シリーズが実戦で戦果を挙げているから、今でもそれなりの発言力がある。しかも、アオイ狩りのリーダーには、私ではなく、アオイを人間兵器に改造したレノックス博士が指名された。
レノックス博士は、彼女なりのシミュレーションを出してきたのですか?
いいえ。シミュレーションは、いっさいなし。「エンジニアの勘」だそうよ。
接近戦に持ち込めば2019タイプの方が有利で、20191独りでアオイを倒せると確信しているそうよ。
2019シリーズの1号機ミツキを完成させた直後に私にリーダーの地位を奪われたから、ミツキにアオイを倒させて開発の実権を取り戻したいと考えているのかもしれない。
レノックス博士の主張は、まったく、非科学的じゃないですか。
いくら開発者だからと言って、そんな話が通用するのは、おかしいですよ。
そう、おかしいわね。
でも、最終的には、レノックス博士の主張が通った。
知ると、あなたの立場が危険になる。
私があなただったら、聞かないわ。
知りたいです。
聞かせてください。
もちろん、知ったことは、墓場まで持っていきます。
決して、博士にご迷惑をかけたりは、しません。
(心の中で)あらあら、驚いた。この子は、レノックス慧子とパトリック・マスムラと同じタイプなのだ。国防総省やCIAのような巨大官僚組織にはなじめないタイプね。
わかった。あなたが、そこまで言うなら、教えましょう。
2018シリーズを起用することに強硬に反対した人間が、もう一人、いたからよ。
あなたの所の作戦部長。
CIAは、2018シリーズを使ったテロリストとテロ支援者の暗殺計画をびっしり組んでいる。アオイ狩りに回す余裕はないと言い張ったの。
それで、私の上司は折れた。その代わりに、私を極秘の監視役として日本に送ることにした。
最後は、うちの部長が反対したのですか……相変わらず、物事の優先順位がわからない人だ。アオイを野放しにして、中国の諜報機関にでも連れ去れたらどうなるか、考えてみたのかしら?
2年前に人体改造研究所を襲ったテロリストにも、中国の諜報機関の息がかかっていたという説があるのですよ。
私も、アオイが反米勢力の手に落ちることを懸念している。
ところで、イズミさん、ひとつだけ、あなたの耳に痛いことを言ってもいい?
私の上司は、イズミさんがCIAの中で今回のアオイ狩り作戦に不信感を持っていることを、知っていた。だから、あなたを私に紹介してくれた。
CIAと国防総省は身内みたいなものとだけど、利害の対立や足の引っ張り合いもある。そういう相手に、あなたの内心を簡単に見抜かれていいの? あなたに助けてもらっていながら矛盾したことを言うようだけど、あなた個人のキャリアを考えた時、心配になる。
構いません。私は、不服を露わにしていました。それを、交流のあるDIA(国防情報局・国防総省の情報組織)の人に気づかれていることも知っていました。
私にとっては、CIAという組織の利害より、合衆国の国益が第一です。上の決定であっても、それが合衆国の国益に反すると考えた時は、クビを飛ばされたりひどい閑職に飛ばされたりしない範囲で抵抗するのが、私の主義です。
それは、危なすぎる綱渡りだわ。国防総省にしてもCIAにしても、組織に害を及ぼすと判断したメンバーは、簡単に抹殺する。長生きしたかったら、本心を表に出さないよう気をつけた方がいい。これは、友人としての忠告。
「友人」ですか?
私のことを、友人だと思ってくださっているのですか?
ありがとうございます。
ところで、ミツキにアオイを攻撃させるのは、いつにしましょう?
私は、すでに機は熟していると判断していますが。
あなたの判断に任せます。
先ほども言いましたが、「肉屋」は、いつでも動けるようスタンバイしています。
ミツキに指示を出す直前に、私と「肉屋」に信号を送ってくれれば、それで十分です。
わかりました。
明日から3日以内には攻撃させたいと考えています。
それより延ばす必要が生じたら、追って連絡します。
それで、結構です。
くれぐれも、あなた自身が巻き込まれないように。
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