51．アオイ参上。救急外来前の対決
文字数 2,236文字
リケルメが指定した人質受け渡し日の14時45分。厚生会総合病院の救急外来前の車止めにアオイが独りで現れる。
（周りを見回し、心の中で）救急車で来た人、家族の車やタクシーで来た人……世の中には、不運な病気や事故がたくさんあるんだ……
アオイは、モスグリーンのジャンパーにジーンズ、トレッキングシューズという姿。ジャンパーの右ポケットにプラスチック弾を装填した拳銃、左ポケットにニセ救急隊から奪った実弾入り拳銃を潜ませている。
救急外来受付の後ろは、待合室だ。幼児を抱いたお母さん、家族に付き添われたお年寄り……あの人達は、絶対に巻き込めない。
アオイは、救急外来受付の若い男性に歩み寄る。
山科アオイ だ。友だちの野添伸一君を、返してもらいに来た。
あなたが 山科アオイ だという証拠は？
アオイ、受付の男性の手首をつかんで接触放電し、すぐに離す。男性が震えながら、アオイを見る。
これで、あたしが山科アオイだと、わかったろ。伸一君を、今すぐ、ここに連れてきな。
田之上ミツキ は、どこですか？ あなたと一緒に来るはずだった。
田之上ミツキ？
あぁ、フリースクールであたしを襲った子か。あの子は、大島病院のニセ救急車に置いてきた。
受付の男性がアオイから目を離さずに内線電話を取り上げる。
（小声で）山科アオイ が受付に来ています……人質を出せと言っています……田之上ミツキですか？ いません。アオイは、ミツキは大島病院のニセ救急車に置いてきたと言っています……はい、わかりました。
若い男が受話器を置いて、アオイを見る。額に汗がにじんでいる。
お友達は、すぐに降りてきます。待合室でお待ちください。
あたしは、外で待つ。
(心の中で）待合室には患者さんたちがいる。そんな場所で非接触放電するはめになったら困る。
黒服にサングラスの男３人が受付横の廊下に現れた。中の一人がアオイに話しかける。
今、聞いただろう。お友達は、中でお待ちだ。我々が案内する。
それは、順序が違う。まず、伸一君をここに連れてきて、解放しろ。あたしが中に入るのは、その後だ。
いや、お前が中に入るのが先だ。
アオイがジャンパーの右ポケットから拳銃を抜き、黒服の男三人の腹部にプラスチック弾を見舞う。男たちが腹を抱えて身体を折る。
今のは、プラスチック製の訓練弾だ。それでも、十分、痛いだろ？
アオイ、右手の拳銃を３人に向けたまま、左手で左ポケットから実弾入りの拳銃を抜く。
こっちは実弾入りだ。伸一君を今すぐ連れてこなければ、今度は、実弾をお見舞いする。
（苦しそうな声で）俺たちが、そんな脅しに乘ると思うか。
パンと乾いた銃声。アオイからみて左端の男の膝に実弾が食い込む。
うわーっ、いてぇ！
アオイは、プラスチック弾入りの銃を黒服の男たちに向けたまま、実弾入りの銃を受付の男性に向ける。
待合室の患者さんを、今すぐ、奥の処置室に移動させろ。
（心の中で）患者さんを巻き込まないよう、待合室から動かす。
アオイの対応をしていた男の後ろで、別の職員が患者を移動させ始める。
アオイの相手をしていた男が、患者と一緒に逃げようとする。アオイは、受付の窓の横の壁に実弾を一発撃ちこむ。
あんたは、連絡役だ。ここにいて、今起きたことを上の連中に伝えな。
受付の男が内線電話の受話器にしがみつくようにして話す。
山科アオイは拳銃を持っています。３人がプラスチック弾で撃たれ、一人は、膝に実弾を食らいました。私も威嚇射撃されました……えっ、このまま待機ですか？ 相手は実弾入りの銃を持ってるんですよ。私も撃たれたら……えっ……今、なんて言いました？ 弾はいずれ切れるって？ その前に私が撃たれたらどうするんですか？……えっ、ええ～っ、そんなぁ……
男が受話器を手にしたまま、泣きそうな顔でアオイを見る。アオイは男をにらみつける。
患者さんが安全な場所に移動したから、あたしは、これからは放電できる。弾が切れたら、放電だ。伸一君が解放されるまで、ここで何十人でも相手してやる。上の連中にそう伝えろ。
（内線電話に向かって）えっ、患者を待合室に戻して「人間の盾」にしろですって！ ここは病院ですよ。いくらなんでも、それはないでしょう。
患者さんを「人間の盾にする」だって！ そんなこと、させるか！
アオイ、実弾入りの銃で受付の窓を撃つ。処置室に飛び込まないよう、受付の天井に食い込む角度で放った撃った銃弾が、受付のガラスを粉砕して天井に食い込む。
ひぃっ！
患者さんを待合室に戻そうとする奴は、撃ち殺す。
無理です。患者さんを待合室に戻そうとしたら、私たちが殺されます！
男が受話器を置き、黙り込む。アオイはせっつくのは控え、事態の展開を見守ることにする。3分ほど経っただろうか。院内の廊下にこれも黒服の男が３人現れた。
！
アオイの意識が一瞬跡切れる。意識が戻った時には、現れたばかりの３人の男が廊下に倒れていた。男の一人が銃を握っているのが見えた。男たちの殺気を察知したアオイの身体が意識するより速く放電したのだ。
銃を持った奴を寄越しても、ムダだ。あたしは、連中が引き金を引くより速く放電する。死体の山ができるだけだぞ。
（震えながら、内線電話で）新しく来た３人は、放電で殺されました……もう、これ以上、無理です……人質を解放しましょう……
あんた、賢いじゃん。そうだ。何人送ってこようが、みんな、あたしの餌食だ。
人質さえ解放すれば、大人しくしてやる。悪あがきは止めて人質を解放するよう、上の連中に伝えな。
