6.山科アオイは、「傷モノ」か?

文字数 1,349文字

アオイが去った後、幸田はダイニングテーブルで本を開いた。


アオイが、部屋から出てくる。ダイニングの壁ぎわに立つ。

これ、独り言だけどな……。


本を読み続ける幸田。
あたしが平手打ちをくらったのは、「あすなろ園」のことを「傷モノのたまり場」って言ったからだ。ミツキは、「イジメにあう子は『傷モノ』か? 不登校になる子は『傷モノ』か? 自閉症とかで生きにくい子は『傷モノ』か?」と怒って、あたしを叩いた。
…………
なんにも、言わないのか?
君は、独り言だと言った。他人の独り言に返事するのは、おかしい。
独り言でも、耳に入ってきたら、なんか言いたくなることがあんだろう。あんたには、今、言いたくて仕方ないことがあるはずだ。
もしかして、私の意見が聞きたいのか?
ちょっと、聞いてやってもイイ気分なんだよ。
それなら、言おう。ミツキの言ったことは、正しい。君は、ヒドいことを言った。
そっか、やっぱミツキが正しいか……あたしも、帰る道々考えて、そう思ったよ……

幸田がアオイの顔に目を移す。
なぜ、そんなことを言ったのだ? 君がフリースクールの仲間をそういう目で見る人間だとは、私には思えない。
アオイ、うつむいて少しためらってから、思い切ったように言う。
あんなことを言っちまったのは、あたしが自分を「傷モノ」だと思ってるからだ。あたしは、仲間のことを言っているつもりで、本当は、自分のことを言ってた。
なぜ、君は、自分のことを「傷モノ」だなんて、思うんだ?
あたしは、全身にメスを入れられ電子部品を取り付けられてる。人間として、こんなひどい「傷モノ」は、ない。しかも、あたしは、兵器としても設計性能を出せない「不良品」だ。
人の手が入ったら「傷モノ」になるのか? 私は、小学生の時に盲腸の手術をした。中一からメガネをかけている。今は、向精神薬を服用している。だが、私は自分が「傷モノ」だと思ったことは、ない。「私は、これが私なのだ」と思っている。
あんたは、見かけと違って、実はご気楽だからな。
兵器としても「不良品」というのは、非接触放電の時に標的を一人に定められないことか?
そうだ。あたしは、20メートル以内の距離からテロリストに非接触放電電して感電死させる人間兵器になるはずだった。
だが、改造後にテストしたら、ターゲットに焦点を合わせられず、ターゲットの周囲5メートル以内の人間をなぎ倒した。放電エネルギーが分散し、ターゲットを殺すことはできなかった。
散々、手を入れられた挙句に、使い物にならなかったんだ。

使い物にならなくて、良かったじゃないか。

どういう意味だ?
設計どおり機能していれば、国防総省は、君を兵器として高く評価しただろうな。
あたしは、評価されたかった。「不良品」呼ばわりは真っ平だ。
それは罠だ。君までが兵器として評価され喜ぶようになったら、君の「人としての値打ち」はどこに行ってしまう? 
意味わかんねぇ。幸田。いつものことだが、お前、屁理屈が多すぎる。
「屁理屈」ではない。大事な真実だ。今はわからなくても、いつか、わかる日がくる。ともかく、ミツキには謝れ。君自身、悪いことをしたと思っているのだから。
あぁ、明日謝っとく。あんたと話して、ますます疲れた。あたしは寝るぞ。
アオイが自室に入ってドアを閉めるまで見送り続ける幸田。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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