13.イズミ、正体を明かす

文字数 3,034文字

アオイが幸田に進路相談をしていた同じ夜、ミツキがレノックス博士、マスムラと暮らす家に来訪者があった。


あゝ、待ってたよ。


今、ミツキも家にいるが、本当に、彼女のいるところでいいのか?

エージェンント・マスムラ、おかしなことをおっしゃいますね。

いずれ、フリースクールの中か、その帰り道に、私がミツキにアオイ殺害を指示します。

その時、私の正体を明かすことから始めてたら、手間です。

あらかじめエージェント・マスムラとレノックス博士から私の正体を伝えてもらった方が、現場で事がスピーディに進みます。

それは、もっともだな。

今、ミツキは部屋にいるが、食堂に呼び出そう。

ミツキ、慧子、マスムラ、イズミが、食堂の丸テーブルを囲んで座る。


ミツキは、イズミと目を合わせたとたんに、状況を察する。

イズミさん、やはり、あなたが、監視役だったのですね。
わかってたなら、話が早いわ。
ミツキ、あなたには、気が優しすぎるところがあるから、アオイを倒す絶好のチャンスが訪れても、踏み切れない心配がある。だから、その場で、アオイを殺す指示を出してもらうために、イズミをフリースクールに送り込んだの。
イズミさん、アオイさんに熱心に勉強を教えてたじゃないですか。

アオイさんは、ああいう人だから、直接イズミさんに御礼しなかったかもしれないけど、私には「イズミさんに教わるようになって、あたし、ひょっとして、大学行けるかも……なんて思ったりして」と話してました。

アオイさんをだまして、イズミさん、ひどすぎます。

ミツキの言葉に、イズミが目を輝かす。
それは、良い知らせだわ。

もう、いつでもGOできる状態になってるってことね。

私も、あなたたち二人を見ていてそう感じてたけど、これで、確信が得られた。

どういう意味ですか?
アオイって子は、簡単に本心を明かす子じゃない。

まして、CIAに追われてる事を知ってて、大学進学の話なんて、めったな相手にするはずがない。

それだけ、アオイがあなたを信用して、心を開いているということ。

つまり、アオイは、あなたには、無警戒、無防備ってことよ。

イズミさん、ひどい。そんな目で、私たちを見ていたんですか!
当たり前でしょ。それが、CIA工作員としての、私の仕事なんだから。


ミツキちゃんこそ、甘いこと言ってたら、暗殺者の仕事ができないよ。それどころか、自分の寿命を縮めるわよ。

ミツキ君、前に話したはずだ。

山科アオイがアメリカ合衆国の国益を損なう存在だから、抹殺する。それが君の仕事で、そこに君の感情をはさむ余地はない。

それだけじゃない。

山科アオイは、あなたと違って、人間兵器に改造される前から、性格に問題がある危険な子どもだった。そんな子が人間兵器化して、ますます危険な存在になっている。

今あなたがアオイを抹殺しなかったら、そのうち、アオイは罪もない大勢の人を殺すようになる。

あの子は、人間ではない、怪物なの。

博士は、間違っています。

アオイさんは、他人に危害を加える怪物なんかじゃありません。

見た目は優しくないけど、正直で、心の広い人です。

初日に私がヒドイことを言ったのに、「悪かったのは自分の方だ」と素直に謝ってくれて、それから、ずっと、仲良くしてくれてます。

誰にも懐こうとしない男の子が、アオイさんだけには、なついてる。

ミツキ、あなたは、どれだけ、アオイと付き合ったの?

まだ、たったの2週間じゃない。

私は、あの子が11歳から14歳まで、親代わりに育てたのよ。

あの子のことは、私が、一番よく、知ってる。

アオイさんの親代わりだったと言うのは、博士のウソです。

博士はアオイさんに、実験動物を扱う科学者として接しただけです。

私だって、博士の実験動物に過ぎない。

慧子、驚いてミツキを見る。

ミツキがこのように面と向かって逆らうのは初めてのことだ。

それに、もし、今のアオイさんが怪物だったとしたら、アオイさんを怪物にしたのは、レノックス博士、あなたです。

そして、一瞬で相手の心臓を止めることができる私も、博士が作った怪物です。

テーブルをバンと叩いて、イズミが立ち上がった。
うるさいなぁ。

なに、面倒くさいこと、言ってんのよ。

ミツキ、あんたも、アオイも人間兵器なんだから、普通の人間から見たら怪物に決まってるでしょ。

そんなこと言ったら、人殺しの訓練を徹底して受けてる私やエージェント・マスムラのようなCIA工作員だって、普通の人から見たら、十分に怪物だわ。

怪物には、怪物の務めがある。四の五の言ってないで、その務めを果たしなさい。

それじゃ、まるで、アオイさんも私も、人殺しの道具みたいじゃないですか!
そう、道具よ。

だから、あなたの正式名称は田之上ミツキじゃなくて、アメリカ国防総省人間兵器番号21091。

アオイの正式名称は、山科アオイじゃなくて、アメリカ国防総省人間兵器番号21085。

兵器は兵器らしく、私やマスムラ工作員のような兵士に使われていればいい。今さら、人間のフリなんか、しないでくれる。

イズミ君、なにも、そこまで言わなくても。

理屈は、君の言う通りだが、相手は、まだ17歳の少女だ。
「少女?」

エージェント・マスムラまでが、人間兵器番号20191に人間性を認めるおつもりではないでしょうね?

そんな考え違いをなさっているようだったら、私から上に報告しないわけにはいきません。

わかりました。

イズミさん、あなたの指示通り、いつでも、どこでも、アオイさんーーじゃなくて、人間兵器番号21085--を破壊します。

私は、自分の機能をちゃんと果たしますから、ご安心ください。

今日は、疲れたので、これで、休ませてもらっていいですか?

いいわよ。

明日が「その日」になるかもしれない。

しっかり休んでおきなさい。

いいですね、イズミさん。

(肩をすくめて)どうぞ、ご自由に。

いざと言う時、ジャム(自動小銃などの銃弾が射撃中に詰まって、撃てなくなること)せずに作動してくれさえすれば、私は結構ですから。

ミツキが自分の部屋に去る。

残された3人の間に気まずい雰囲気。

「肉屋」を、もうスタンバイさせておきたいのですが。
「肉屋」?

国防総省が使っている臓器密売グループに破損した人間兵器を回収する準備をさせるってこと?

ええ、アオイを攻撃する機は熟しています。明日、攻撃指示するかもしれない。

破壊したアオイを消防庁の救急車が普通の病院に搬送して司法解剖なんて事になったら、厄介です。

「肉屋」の救急車をフリースクール近くで待機させ、破壊されたアオイを迅速に「肉屋」の息がかかった病院に搬送する案だな。

博士、私もそうすべきだと思います。

フリースクールは市街地にあるから、救急車を待機させておくと目立ちます。

イズミさんが、明日かあさってにゴーサインを出すと決めたら、私たちに連絡してください。「肉屋」をスタンバイさせます。

わかりました。実が熟して木から落ちないうちに連絡します。
イズミが後ろ姿に不満をあらわにして、出て行った。
博士、「肉屋」の件は、考え直してもらえませんか?  イズミは、明日にでもゴーサインを出せると判断していますよ。
イズミは、アオイの様子だけ見て、前のめりになっていますが、私は、ミツキは、まだ心の準備ができていないと判断しています。

ここは、慎重にいきましょう。


ミツキの心の準備が出来る時が来ますかね?
必ず、来ます。あの子は、賢い子です。今晩、あれだけ言って聞かせました。自分で悟るはずです。
わかりました。そう期待することにしましょう。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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