10.イズミ先生

文字数 1,301文字

次の日の朝、アオイが本を読み、ミツキが寄ってくる子ども達と遊んでいると、太一先生から教員室に呼び出された。
山科さんと田之上さん、ちょっと、いいかな。
なんですか?
はい、なんでしょうか、太一先生。
山科さんには、高卒認定試験を受けるように勧めてるよね。
太一先生、そういう話は、今でなくても。
あゝ、ごめん、ごめん。


僕が山科さんに対して負い目を感じているものだから、つい口に出てしまった。山科さんに高卒認定試験を受けたらと勧めておきながら、僕はおチビちゃんたちの面倒見に追われて、ろくすっぽ山科さんの勉強を見てあげていない。

そこに、同じ17歳の田之上さんも入ってきた。高校生にふさわしい学習指導をどうしたらいいか悩んでいたんだ。

そういうことなら、お気遣いなく。って、あたしが勝手に言っちゃダメか。


ミツキ、ごめん。

いえ、私は、まだ入ったばかりだから……


きっと、アオイさんほど勉強できないと思うし……

悩んでいたら、フリースクールで高校レベルの英語と数学を教えてみたいというボランティアの大学院生が見つかったんだ。


川野さん、どうぞ。
はじめまして、川野イズミ です。


教えるなんて言っても、これが初めてなので、一緒に勉強させてもらう感じで、楽しくやっていけたらいいと思ってます。

あゝ、どうも。
えっ、ああ……よろしくお願いします。


(心の中で)もしかしたら、この人が、ゆうべ、博士とマスムラさんが言っていた「監視役」?

川野先生は、今日は、大学院の方で用事があったんだけど、アオイさんとミツキさんに少しでも早く紹介したいと思って、無理して来てもらったんだ。
明日からは、毎日、午前か午後のどちらかに、顔を出します。


よろしくお願いします。

イズミが去った後、ミツキがアオイを廊下に連れ出した。


ミツキが小声でアオイに尋ねる。

アオイさん、イズミさんのこと、どう思います?
「どう?」って、言われても。


見た感じは変な人じゃなさそうだったけど。

それに、太一先生とあのイズミって人の間では、もう、話がついてるわけだろ。

あたしは、太一先生の顔を立てるという意味で、一応オーケーかな。

そうですよね。太一先生は、私たちのために、イズミ先生を見つけてきてくれたんですから。
でも、ミツキは、あたしと違って太一先生に世話になってきたわけじゃない。太一先生に義理立てする必要はないんだ。イヤならイヤって言えばいい。独りでは言いにくかったら、あたしも一緒に「あの人、イヤだ」って言うよ。
でも、さっき、アオイさんは「良さそうな人」だって言いました。
「変じゃなさそう」って言っただけだ。積極的に気に入ったわけじゃない。大学院生とか言いながら、バッチリ化粧して香水の匂いもキツかった。それに、毎日半日ずつ顔を出せるって、大学院生ってそんな暇なの?
いいえ、私こそ積極的にイヤなわけではないんです。初対面の人が苦手なだけで。

アオイさんが一緒だから緊張しないでやっていけると思います。

そぉ? じゃ、とりあえず、太一先生の顔を立ててイズミに教えてもらおう。

いいじゃん、一緒にやってて、「やっぱ、いまいち」って思ったら、その時ミツキとあたしで一緒にイヤだって言えばいいんだから。

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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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