第68話 零士を狩る

文字数 2,124文字

 俺のはじめのプランとはかなりかけ離れたものになった。夜中に始まると思っていたゲームはいよいよ白昼堂々と行われている。テレビはどのチャンネルも町中で起こる殺人、通り魔、それがケータイ電話に出た人々の起こした事件であることを伝えている。


 そして時間切れになると加害者が氷漬けになることを映し出している。俺達の行為がリアルタイムに更新されていくようでなんだかむず痒いが少なくとも嫌いじゃない。


 今回派手にやらかしたのはゲーム内容だけじゃない。陰気な場所じゃなく、タワーを丸々制圧した。観光客はもちろん、案内係から警備員まで全員の意識にカムが働きかけ、意識を一時的に奪った。カムは発狂させたかったようで俺の腕に不服そうにかじりついている。


 俺にはこれが限界で、理想は案内係の女性に据え置きゲーム機一式取り揃えてもらったり、必要なときにお茶を持ってきたりと召し使いさながらに支配してみたかったが、悪七にそんなことをぼやくと外道だと非難された。お前よりはましだ。


 悪七は先ほどから黙りこくっていて、テレビに零士が映らないことに顔には出さずとも落胆している様子だった。もちろん渦中の人間が映らないのは、未成年だからだし、もしかしたら警察がすでに保護しているという可能性もある。


 悪七が警察に連れて行かれたときに染めていた髪は、元の栗色を通り越して、黒になっていた。元の色に戻すのが難しかったのだろうか。


 窓に歩みよった悪七は眼下の灰色がかった街が徐々に青白く凍りついていくのを眺める。

「おい。街も凍らせてるのか? これじゃ、氷河期だな」


 俺は冗談のつもりで言ったのだが、悪七は深刻そうな面持ちで氷河期と繰り返した。自分を納得させるような口振りだった。氷河期は見た目にも美しく悪七なら好きそうなものなのに妙に寂しげな表情を漂わせた。


 口をつぐんだ悪七の傍らで、眼下の街のかじかんで凍る音が聞こえてきそうだ。悪七のアイスティーにはまだ砂糖もミルクも入っていない。グラスの表面についた水滴がだらだらと流れて机を濡らした。


 テレビから俺達の事件とは関係ない事件が流れてきた。立てこもり事件だ。俺達は珍しく二人揃って苦笑した。俺達より重要な事件がほかにもあることに驚いた。


「立てこもり事件は見ているといつも心踊るよ。何時間硬直状態が続くか。犯人にはもっと頑張ってもらいたいね。たった十時間の事件でも警察とのやり取りの瞬間はきっと、自分の一生分の時間を賭けて世界と対話してるんだよ」


 悪七は、立てこもり犯を賛美するが、どうにも苛立っているように、指でアイスティーのグラスのふちをなぞった。やはり、街のパニックのニュースを一瞬でも邪魔されたのが気に入らないらしい。ニュースはまた、俺達の事件の生放送に戻った。


 悪七は零士の居場所の察しがついているはずだ。なのに、街をパニックにさせることを優先している。いや、凍らせることに集中している。ミカエリに日本全国凍らせる気か。だとしたら、悪七のミカエリは、もう悪七をただじゃおかないだろう――。


 いつか訪れるかもしれないとどこか頭の隅に予感していた終焉が、これほど早く来てしまったことに俺は困惑して、悪七のアイスティーがさらに冷めていくのをじっと見つめている。「明日」が続くと思い込んでいた。俺達にはもう、時間がないのかもしれない。


 悪七はいつ何時ふと消えてしまうかもしれない存在であることははじめから分かっていたのに、俺はそれを一度も想像すらしなかったし、阻止しようとも試みなかった。


 このままでは、俺はつまらない日常に逆戻りするかもしれない。罵倒され、見下された学生生活。いや、さすがに逮捕はないだろう。逮捕されるなんて想像がつかない。ミカエリはどうあっても生命体ではない。俺達が使役していることは誰も知らない! 零士以外は。


 悪七は何も言わずテレビを見ている。画面に反射して映っている俺が立ち上がるのを確認すると、悪七がゆっくり瞬きをしたのが俺にもテレビの反射した画面で見えた。

「リョウどこに行くの?」


 俺ははじめ答えなかった。展望台のガラスに歩み寄ると外界の冷気が伝わってくる。ここは雲が近い。速い風に流されていく。指を窓に押し当てると指の周りが白く曇った。正月のような寒さなのに、指の間から垣間見える雲間は晴れている。


 これが最期になるかもしれないという思いがこみ上げてきて、弱々しい声で「見てくる」と言った。何を見るのかは聞かれなかった。悪七がアイスティーに、さららっと砂糖を入れる音がした。かき混ぜるときのスプーンの音は鳴らなかった。


「早く戻ってね。明け方にはペルセウス座流星群が見えるから」

 俺は思わず振り返った。幼く微笑む声に悪七の「明日」がまだ死んでいないことに驚いたからだ。だが、悪七は毒の入ったアイスティーでも飲んだように一言も話さなくなってしまった。


 俺は立ち去るしかなかった。自分の足音がフロアいっぱいにどくどくと鈍く響く。カムの二股のしっぽをむぎゅっと握り潰したが、霧になって、つかませないと拒否された。カムは白い歯に飲んでいたばかりの俺の血をしたたらせ威嚇する。俺は目を見開いて凄む。

「零士を狩るぞ」
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