第74話 ミカエリの材料

文字数 2,519文字

「君には何も期待してないよ。ただ、零士の皮を被った、まがいもの。そう、ずっと騙されてたよ。まさか、君がミカエリだったなんて」


 はぁ? 何言うてんやこいつ。

「きみにはもう用がないよ。もういいでしょ、姉さん」

 完全に無視された挙句、ライは輪千真奈美を見つめている。その表情はどこか寂しげだ。


「よくミカエリにここまで個性を持たせられたね。その代り、姉さんが身体を失ったんだね。声といい。何もかも。何で生きてるならもっと早く現れてくれなかったの?」


 輪千真奈美は当然、答えない。答えられるはずがない。

「ちょい待ちーや。何の話してんや。うちは人間やで?」

 ライは人の話など聞いていない。


「姉さんが自殺したのは、零士のせいじゃないんでしょ。そんなの分かってたよ。父さんだよね。


 原因は、ミカエリばかりいる俺達の家が嫌だった。いや、ミカエリの正体を知ったときから姉さんは、生き物を殺さないでと懇願してた」


 ひたすら無表情な真奈美に、幾分怒りも込められて非難するように響いた。

「だから、どういうこっちゃねんな」


 ライの鋭い視線が向けられた。ここまで怒りあらわに睨みつけられたことは生前の記憶にもない。


「自分でももう分かってるくせに。君がミカエリで、輪千真奈美の姿をした姉さんが人間だったってこどだよ。姉さんも、もう人としての原型をとどめてないけどね。それが君を作った代償だから」

「うちが、作られたんわ、あんさんにやで?」


 頭がこんがらがってきた。

「はじめから説明した方がよさそうだね」

 ライは口元端を歪めて、自嘲気味にため息交じりで呟いた。

「ミカエリって原材料は何だと思う?」

 ちょい待ってーな。ミカエリも作ったりできるんかいな。


「魂とかそんなんちゃうか?」

「大方間違ってないよ。でもね、ミカエリって意図的に殺さないと生まれないんだ。なぜかって、怨念がないと形作られないから」

「つまり幽霊っちゅーことやん」


「ちがうよ。幽霊は使役したりできない。恨みがないから。恨みがあるミカエリは、俺達と契約を結ぶ」

「そんな契約書なんて、うち書いた覚えも、真奈美に書かせた覚えもないわ」

 我慢ならないという口調でライは制した。


「輪千じゃない。輪千真奈美の姿を借りた俺の姉さんだよ。君はミカエリの記憶そのものを変えられている。ミカエリは姉の願いを叶えるのが仕事だから、君は姉さんの望む姿になった。姉さんは零士が俺の暴走を止めてくれることを願ってミカエリの姿そのものを零士に仕上げた。


 言っとくけど、俺は君のコピーを何度も作ろうとして、失敗に終わってるんだ。成功は一度もない。道理で完成しないわけだよ。姉さんの方が先に零士を生み出してたんだから。


 でも、本当に零士は恨みを残さず死んだんだね。だから脱線事故の時点ですぐにミカエリにならなかった。恨みがない人間を生き返らせることは本当、大変なんだよ。姉さんは、自己犠牲という形で成し遂げたみたいだけど」


 ライはうっすらと真奈美を嘲笑った。

 ライに作られたつもりでいたが、真奈美と思っていたライの姉に作られたということか? 生まれた日の記憶がないからどうしようもない。鳥みたいに親鳥の顔を覚えておける習性があればよかったのにと零士は思った。


「君は輪千真奈美を使役して戦ってたんだじゃない。姉さんの声を機械音に変えてたんだ。代償は輪千真奈美の悲しそうな顔とかって思ってたの? 


 姉さんを悲しませてるのは、君だよ。君が姉さんの声を奪い。顔を奪ってるんだ。


 そして、自分たちの都合のいいときに人間だったり、ミカエリだったりお互いを入れ替えるんだ。だから、本当に姉さんが代償を払うときは、血が流れる。一方、君も普段は血なんか流してるけど、本当は流す必要もない。


 ただ、お互いにミカエリと人間、どんどんかけ離れていくみたいだけど。姉さんもきっと、もう人間には戻れなくなる。そして君が、より人間になっていく」


 零士にしてみれば思い当るふしというのもあいまいでしかない。自分は完全な人間はないということははじめから分かっていた。気づいたらふと存在した意識だった。自分とは違う人間、零士の物語をはじめから持っていた。


「せ、せやかて、うちは生きてるんや。仮にうちがミカエリやったとしてやな。真奈美と互いに寄生するような生き方でもやな。うちはあんさんを止めるのが義務や思うてるで」


 ライの眼光が鋭利な刃物のように細くなった。

「だいたい、あんさんの姉さんは、自殺したんちゃうんか。なんで生きてんねんな」


 ライはまじまじと真奈美を見つめている。姉が答えてくれないことに、落胆した様子はなかった。自分なりの解釈に納得して、目をふせた。


「俺達の家系は、ミカエリを代々大切にしてきた。世間的にはそう思われてるけど、実際に行われていたのは、ミカエリを絶やさず、増やし続けること。


 死んだ猫や犬といった小動物を拾ってきたり、ときには人の死んだ事故現場まで足を運んで、家にミカエリを連れて帰った。更に言えば、そう上手く動物が恨みを残して死んでくれるはずもない。俺達の家族はミカエリの見える者達で、動物を殺すようになった」


 背筋を冷たい汗が伝った気がした。


「っていっても伝統だったんだけどね。ほかのミカエリ憑きの家でもやってることだよ。ただ、公にはしないけどね。それを姉は公にしようとした。今は、動物愛護法とか法律も複雑になって、江戸時代から続く伝統も肩身が狭くなったね。


 別に俺は構わなかったんだけど、父さんが怒ってね。きっと姉さんを殺すんじゃないかって思った。父さんも怒鳴ったりはしないけど、静かな怒りで姉を監視していた。だから、最期には姉の方から家を出て行った。川に流された目撃情報が最後だった」


 動物を殺していたこともどうかと思うが、家族よりも伝統を重んじる家庭も今の時代、そうそうない。だが、家族間での確執は今の時代という感じがした。


 ミカエリとは意思疎通できるのに、人同士、上手くいかないなんて、なんて虚しいのだろうかと零士は眉根を寄せた。

「リョウには零士が自殺に追い込んだって言っておいたよ。作り話もたまにはいいでしょ?」

 零士は歯噛みして睨み返した。

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