第21話 暴力

文字数 1,031文字

何か道具はないかと部屋を見渡すと、中央のシーソーの近くに箱が置いてある。中にはニッパーがあった。なんて都合のいいことだろう。

「これ使って」


 だけど、ひいらの力では無理だった。それに、ピアノ線と少年の身体の隙間はない。刃が入らない。少年は依然、悲鳴を上げる。食いしばった歯茎から血が出ている。

「だめ。入らない」


「時間がないで」

 少年の身体から流れ出る血の量は留まらない。本当に切断されてしまう。

「ごめんね」


 もう手段なんて選んでいられない。少年の皮膚ごと切るしかない。ひいらは汗ばんだニッパーを握りなおす。ピアノ線と一緒に、せめて痛くないようにと祈りながら腕の皮膚ごと切る。その瞬間、少年がのけ反る。血走った目で睨まれた。


「ごめん! ほんとごめん」

 こちらも半泣き状態になりながら、反対側の腕も肉をつまむように切る。ピアノ線がパチンと弾けると、血肉も飛び散る。


 だが、二箇所ぐらいではピアノ線は複雑に絡んでいて緩みもしない。一番やりたくない部分だが、胴も同じ要領で切らないといけない。もうこの頃には内心、拝んでいた。無我夢中だった。


 少年には悪いが悲鳴は聞いていられなかった。どこまでも作業的だった。耳から脳裏まで焼きつく。手はずっと震えている。真冬にかじかんでいるときより酷い。


 やっとピアノ線が解けた。女性のミカエリは突然霧のように消えた。少年は痛みと恐怖からか、どうと倒れるかと思うと、顔を真っ赤にして、額にはしわを寄せ、居合わせた全員を、憎悪の眼で睨み倒した。


 私は駆け寄ってあれこれ謝ったり、とめどなく溢れてくる血をどうしたものか、あくせくしていたが、少年は一息つくと、突然立ち上がり、後ろに下がっていたくせ毛の少年まで歩み寄って突き飛ばした。

「てめー何でもっと早く助けねぇ」


「う、うちは精一杯やったで」

「や、やめてよ。みんな必死だったんだよ」

 ひいらは涙を堪えながら叫んだ。だが、血まみれの少年は醜く頬を歪めて、いやらしく笑った。


「ああ。礼を言わきゃな。こんな酷いあり様にしてくれてありがとよ」


 少年はいきなり殴ろうとした。恐怖のあまり身動きできなかった。フーが間に入ってこなかったら、もっと痛かったかな。クッションの役割を果たして、床に転んだときには頬が少しじんじんする程度だった。


 まさか、殴られるとは思わなかったから、震えが止まらない。女子を殴るなんて最低だ。いつもなら口を突いて叫んだところだけど、さっきのピアノ線事件で、まだ身体が震えている。
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