第71話 俺達は生き残れない

文字数 1,900文字

 ミカエリがミカエリとやりあっている間しか宿主同士の戦いには持ち込めない。全速力でリョウに向かって走る。気づいたリョウは驚いて一瞬たじろいだ。カムとかいうミカエリは、動きは早いが動ける範囲も決まっていて宿主と離れると宿主を守れなくなる。


 ミカエリが戻る前に仕留めたる。カムを真奈美が大声で揺さぶる。波打つ剣山がどんどんわかめみたいに柔らかくなる。金属ほどの固さもなくなったところで、真奈美が剣山を両手でつかんで押さえる。

「カム、糸をよこせ」


 カムは、足をどんどん細くのばした。足に巻きついた。あとわずか一歩のところで転んだ。しかもリョウがニヤニヤしてナイフを振りおろした。すんでのところで、身をひるがえした。刀身まで赤に染まっているのは、今も血を与えているからか。


 また、振り下ろされるかと思いきや、リョウはよろめいた。ちょっと足をかけてやると、見事に転んだ。巻きついた紐状の影も僅かに弛んだ。

「貧血なんちゃうか?」


 リョウの上着のポケットからビニール袋とチューブがはみ出している。点滴。輸血だ。

「ここまでしてやらなあかんことなんか?」


 リョウは落ち窪んだ目でそれでもぎらぎらと暗い炎を宿して零士の足をつかんだ。真奈美が機械音を上げる。リョウは頭をかかえた。ミカエリもぶよぶよ状態で防音壁の役割を果たしていない。

「カム来い」


 真奈美は両手でしかつかめないので、するすると変形されては抑えておくことができない。影に囲まれた。次第に包囲網が狭まってくる。王冠をかたどって円が黒い水柱になって回転していく。あっという間に背丈を越えてふりかかってきた。よく見ると全て針状になって降り注いでくる。


 頭から背中、皮膚という皮膚が焼けただれるような痛みに足がすくむ。悲鳴を堪える。食い縛った歯茎から漏れる。


 少しでも降り続く針からかばおうと動かす腕は何度も剃刀で剃られたようで、激痛がヒリヒリと続く。頭からだらだら何本も筋になって生ぬるい血が伝ってくる。


 首に伝わる頃にはひんやりして、今度は首に刺さった針でできた穴に滑り込む。首から流れる血は胸や脇や、腹までしたしたと染みていく。膝が震えて、だんだん、しゃがみこむ。


 膝を曲げるとき、針と針がぱりぱりと擦れあう。何本かは、さらに奥に太ももに入り込んだ。頭は、もう、刺さるところがないのか、既存の針にぶつかってパラパラと跳ねて落ちていく。


 次第に痛みなのか、しびれているのか分からなくなった。顔をかばいながら、うっすら自分の身体の状態を黙視すると、当たり前だが、深紅に染まっていて、ワインでもこうはならないと思うと、少し泣けてきた。


 とりわけ、ひどいのは背中で、みみず腫れのようになっている。鞭刑とはこういうものなのかと思った。


 絶え間ない痛みと、息もつけない息苦しさに、悲鳴もあがらなくなっていた。じりじりと、背中から皮膚が削りとられていく感覚。その内、肺にまで達するんじゃないかという想像が、吐く息に拍車をかけた。


 息も、吐いているのか吸っているのか分からない。掌の針を取っ払った。指が焼けた感覚。熱い。抜くべきじゃなかった。


 血でぬるぬるして、余計に針を抜くのが、難しくなった。この降りやまない黒い針が終わらなければ、死ぬしかない。


「真奈美! 構わず撃て」

 真奈美の顔はばらばらのままだが、口の断片と白い歯と、頬の一部がリョウに狙いを定める。真奈美の口から出た金属音で空気が歪む。リョウが吹き飛ぶのが視界の端に見えた。


 その時はきた。全身の痛みで、針の雨が終わっていたことに零士は気づかなかった。取り巻いていたカムはいなくなっている。近くの傾いている自動販売機が倒れた。


 その隣のビルの壁が崩れていて粉々になって氷と混じり合っている。中のエントランスが見える。カムの二股の尾がそこからのぞいた。がれきを枕にリョウが額から血を流しながら、もがいている。


「カムいい加減にしろ。何故、助けない。何で俺がぶっ倒れてる間にやつにとどめを刺さない? あのまま零士を飲み込んでいれば、ミキサーにかけるなり、アイアンメイデンにするなりなんでもできただろうが。何だそのふざけたにやけ顔。


 ああ、言いたいことは分かる。俺の中にも悪七と同じ残虐性があるってことだろ。だから、針の雨なんて演出しやがったんだろ。そんなこと俺だって自覚してる。問題はそこじゃない! 零士を殺さない限り俺達は生き残れない」


「おおげさやなぁ」


 零士はさりげなく呟いたつもりだったが、押し黙ったリョウが前髪に眼を隠して静かに睨んでいる。最も、お互い容易に身動きのできる状態ではなかったが、口だけは達者だった。
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