第36話 脱線事故

文字数 1,531文字

「そう。何で思い出させるような真似なんかするの。何で兄さんは死んだのに、私だけ生きてるのよ」

「それって、ニュースでやってる、もう二年になるあの脱線事故?」


 そういえばこの前テレビでやってたっけ。まさかあの脱線事故の被害者? 被害者はざっと百人にも昇る脱線事故だ。テレビが風化させないように何度も放送する。


「じゃあ犯人はんは、輪千はんを狙ったってわけやな。こりゃ余計分からん。今までは俺らを戒めるようなゲームや思とったけど、事故の被害者を殺そうやなんて。こんなシナリオないわ。何か個人的な恨みでもあるんか」


「死ぬような思いなら二年前にしたのに、何で狙われないといけないのよ」

 悲痛な声でまるで私達が悪いみたいに睨む。

「犯人は死に興味があるんだよ。憶測だけどね」


 自嘲気味に笑う朝月は、輪千をしげしげと眺めて深いため息をついた。


「それとも他に君に何かあるのかな。君だけが特別? でも思うにゲームの主役は別にいるんだよね」と言って何故か私の方を見る。でも、気のせいかと小声で零してそっぽを向いた。一人で思案してなんななのだろう。


 輪千がよろめいて立つ。支えてあげた。輪千は弱音も吐かず、肩を貸りていることにさえ抵抗して自力で歩く。焼けただれた足の裏は見ていても痛々しいし、歩く度に呻く。


 輪千は犯人にとって特別だろう。わざわざ輪千の記憶を呼び覚ますまねをしたのが証拠だ。


「お願い教えて、共通点なんてないならないでいいの。だけどみんなのことが分からないと犯人がどうしてあんな罠を仕掛けたのか分からないの。じゃないと、また同じような罠があるかもしれないでしょ」


 あまり説得力がない気がした。輪千の青ざめた顔を見ていると当事者でないと分からない恐怖がそこにあったから。

 輪千は一呼吸置いて顔を埋めて答えた。


「兄が死んだの。標零士って今でもときどきニュースで言ってるでしょ。妹をかばって死んだって」


 名前は聞いたことないが、妹をかばったという美談は聞いたことがある。だが、そういう美談や悲劇も被害者が多かっただけに、それぞれがドキュメンタリー番組に組まれて、誰がどの人生を送ったかなんて分からない。


「兄と私は一緒に鉄材に下敷きになってた。何時間も一緒に励まし合った。救助は来ないし、近くで火の手も上がって、まだ取り残された人達が煙で咳き込む声が聞こえて。私達も咳き込んで」


 事故が大惨事になった不運な原因は、脱線後も電車がトンネルに突入し、トンネル内で転倒、火災を招いたことだ。死者の多くが、発生した火災の煙による窒息死だった。


「兄は足に鉄が刺さってた。焦った兄は鉄を無理やり取ったの。足の方を無理やり引き抜いたっていうか。それで私の上に折り重なってた鉄材を順番に取り除いて。私はやっと出られたけど、その頃には兄の足は血まみれで。


 引き抜くべきじゃなかったんだわ。動脈をやられてたの。そのときは必死だったけど、私を助け出すだけで精一杯で、もう立ち眩みで倒れて。煙も激しくなる一方で」


「君がお兄さんを助けることはできなかったの?」

 川口は好奇心に駆られたような声で言う。


「無理よ。私はすぐレスキュー隊につれられたから。兄の方は助けてくれなかったわ。煙が充満して、一人しか通れない隙間しかなかったから、私を抱えると再び戻るなんて言って、戻る時間なんてなかった。煙が酷くなると誰も手をつけられなくなって」


 まざまざとつい最近のニュースを思い出した。上空のヘリの映像。トンネルから排ガスのように吐き出される黒煙。取り囲む消防車と救急車。覆われたブルーシート。


 輪千はそこで話を切ってからは一人で黙々と歩き続けた。突きあたりに扉があって、他に道はなかった。ここで最後の扉であってほしい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み