第44話 小さな地獄絵図

文字数 2,603文字

「人がいい意味で変るゲームができたらいいのにな」


 自分で口にするときれいごとのように聞こえる。俺にはもう執行をこれ以上殺せない。人は二度殺せない。俺の抱える問題を悪七なら簡単に解いて目の前に展開してくれるんじゃないかと思って期待した。


「そう?」

 あっけない言葉に俺は苛々してきた。

「じゃあ、いじめっこばかり集めるの? だとしたらリョウも醜悪でそいつらより低レベルに成り下がるよ」


「けど悪七だって何か見つけたいからゲームをしてるんだろ。俺は見つけた。人は変われるってことを。こんな俺が言うのもなんだけど、人を導けるようなゲームにしていきたい」

 一瞬悪七の目が光るがすぐに諦観を宿した。


「確かに俺のやってることは無意味だけど、その醜悪さが俺を無価値だと教えてくれる。俺はゲームを通して他人なんて見てないんだよ。これは俺のゲームだ」

 真摯な態度に言葉をなくしてしまったが俺の意見は変わらない。


「なあ悪七、殺せない人間がいるはずだろ。例えばお前のお袋さんはどうだ?」しばらく沈黙が続いた。すぐ答えられるはずだろう? まさか殺せるのか。


 俺はすぐさま問い詰める。

「自分だけ生きてたらいいのか? 違うだろ。ターゲットは選ぶべきだ」

 今度はすぐに頷いた。


「救われるべき命ね。参加者はリョウが選んでいいよ」

「俺がかよ」


 面食らったが、悪七に訳の分からない人を選ばれるよりはいいかと思った。任されたことの重大さにあれこれ思案しはじめた。ふと悪七が思い詰めた面持ちでいたので、ほかのことを考えているなとすぐに分かった。


「俺は他人よりは優れてるっていう意味では価値はある。だけど、優れたことを活かす気がないから無価値かもしれない」


 さっきの「自分だけ生きてたらいいのか」に続く答えだろうか。

「お前っていつもちょっと傲慢なくせに自殺志願者みたいな言い方するな。だとしたらお前も今のゲームで殺される側の人間だぞ」


「俺は自分の殺し方は考えたことはないよ。殺され方はあるけどね」

 意外だった。死に方は俺だって何回か考えたことはある。だが、そんなこと考えたって次第に疲れてきて、具体的な方法を考えれば考えるほど困難が立ちはだかる。まして殺され方なんて想像したことがない。


「気にしないで」


 そんなこと言われたら余計に気になる。悪七はポットで紅茶を入れ始めた。俺はさっきからチキンばかり食べていた。皿には十本の骨が残るだけだ。何か飲むか聞かれたけど、紅茶しか持ってきていない。


 ここだってどうせ全部片づけないといけない。証拠隠滅を図るくせに、こうして俺達には監視室がある。ここだってすぐ離れた方がいいだろう。本来なら。


「川口が言ってたこと。お前の『主観』から見た世界はどうなってるんだ」


 常に穏やかな悪七だが、紅茶を飲んでいるときこそ本当らしく穏やかに見えるので嘘も少ないと思う。その代わりこの時間ははぐらかすのも上手い。


「率直だね。何故殺したとか、そんなくだらないこと聞かれるよりましだけど」


 何故殺したのかという言葉は悪七にとっては愚問でしかない。俺もそれくらいわきまえている。そんな質問ばかりするひいらは駄目だ。


 殺される瞬間は、悪七の演技が少し趣向に懲りすぎてとても見ていられないシーンだったが、ひいらも質問を変えればよかったんだ。俺達に「何故」とか聞いたらいけないんだ。だって、俺達が何に憎悪を抱いているかから説明しないといけなくなる。それだけで半日は潰れる。


 俺が意地悪くほくそ笑むと悪七も緊張が取れてちょっと疲れているのか、目を閉じて息を吐き出して素直に応じた。

「まさか、警察より先に取り調べたいわけ?」


 そのジョークがまたつぼにはまって、俺は笑い出してしまった。

「もう観念しろよ。これだけのものを見せられたら俺だってアドレナリン全開だぜ」


 人の死、それもリアルタイムだ。どれが悪七か最後まで分からなかったこっちの身にもなってみろ。冷や冷やしてたんだぞ。


 だが、ここはぐっとこらえた。言いたいことを全部言ってしまったら、悪七の解答は決して得られない。


 ゲーム内でこそヤマなんていうお調子者を演じたからあれだけ話したが、あんなに口達者な悪七はもう二度と見られないし、本当はヤマなんてやりたくない役柄だっただろうから、雰囲気を落ち着けないと。ここで、俺は飲みたくもない紅茶にはじめて手をつけた。熱くて舌を火傷した。


「警察にも捕まる気はないから。彼らが何を教えてくれる? 生と死についてなんかこれっぽっちも知らないんだ。身元を調べたり犯人を調べたり動機を調べたりするだけ。熱血警官とかいたとしても、それって同情だよ。

 同じ人生を歩める訳がないんだから。それから裁判になって、精神鑑定もあって、そこでも俺はただのモノにすぎない。俺っていう個を調べるわけじゃないんだ。

 心理学とかに当てはめていくだけで、やっぱり俺の半分も分からない。俺自身が分からない俺の成分を誰が分かる? どういう歩みでこういう人間になるのかってことが肝心なんだよ」


「ああ、俺も捕まる気はないけどな。そうなったら、カムで全員狂わせてやる」


 俺もどこまでが冗談か本気か分からなくなってきた。この忌まわしい殺害現場で飲み食いしてる時点で俺達はミカエリの虜なのだから。


 ふと、悪七は呆然としていることに気づいた。俺のことなんて見ていない。電気も一つしかない薄暗い部屋でモニターだけが青白く光っている。安物のティーカップに安物の紅茶。


 悪七はこの部屋そのものにも醜悪さを感じている。それが殺人の代償なのか、ミカエリに払う方の代償なのか分からないが。


「俺一人が消えたところで――」

 悪七はそう言いかけて口をつぐんだ。俺は黙って耳を傾けた。悪七の紅茶は冷めかけている。


「世界はどうってことなく回り続けて存在し続ける。それが辛くて俺には死ぬっていう選択肢はない」


 傲慢な言葉だと思った。それはつまり何か残してから消えたいということと同じだと気づいた。悪七なら何だって残すことができるのに何を悲観しているのか。


「俺一人の為に世界が滅んだら面白いのにね。ゲームみたいな話だけど」


 『一人が死んで世界が救われる』だったら、感動的な映画になりそうだが、その逆か。『一人のために世界を道連れに』か。無差別とは行かないが、俺にもその感情はある。悪七なら朝月の探していたテロリストになれるだろう。

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