第38話 二枚刃

文字数 1,344文字

 これ以上進んでも出口なんて本当にあるのかさえ分からない。これ以上人が死ぬのは嫌だった。嫌だ嫌だじゃ何もはじまらないけれど、何もはじまらなくてもいいと思ってしまう。


「行くってどこへ。そっちの部屋は針だらけじゃない」

「もう引っ込んでるよ。ほら」

 朝月は平然と蜂の巣になった執行(しぎょう)の隣を闊歩する。床に塗り広がる血だまり。

「どうして、もうこの部屋は安全だと分かったの?」


「全員を通れないようにするとは思えないんだよ。この部屋は走ったらだめなのかもね」

 朝月はまだ血の噴き出し続けている執行の手からナイフを奪い取った。私は戦慄せずにはいられなかった。


「やっぱりあなたなの。このゲームの犯人は」

 朝月はため息まじりに首を振った。疲れた笑みをたたえる。

「違うよ。俺だってかなりきてるよ。次は俺が死ぬ番だろうから。何とか方法を探さないと」

「あなたが次?」輪千(わち)が聞く。


「ああ。ここまで残れたのが不思議なくらい。俺みたいな奴はさっさと消しとかないと後々面倒になると思う。誰だってそう思うさ。


 でもそうしなかったのは、犯人が俺に近い考えを持ってるのかなって。あくまで仮定だけど。誰がどう行動するのか見てる。それを参考に何をするのか知らないけど」


 朝月は執行の持ち物は手紙とナイフだけであることを確認する。手紙は、簡潔に注射器は川口が持っている。生贄を捧げることでここから出られると書かれていた。


 朝月が注視したのは、手紙よりナイフの方だった。ナイフの束の部分に不自然な溝があったからだ。刀身が収まるところに薄い穴。ナイフそのものより一周り小さいナイフかカミソリなら入るかもしれない。


「この意味分かる? ナイフは二枚刃だったんだよ」

 最初の部屋では確か、自殺しようと思った川口がこっそり注射器を抜き取って、その次に執行がナイフを取った。しかし今、執行の死体の側に二枚目の小さいナイフはない。


「この中の誰か。つまり、はじめから二枚歯であることを知っている裏切り者が、ナイフの中から小さいナイフを持ち出して、残った大きいナイフを置き、執行が大きい方のナイフを隠し持った。


 執行がナイフを隠し持つことをはじめから計算してたんだろうね。だから今も小さいナイフを誰かが持ってる」


「あなた、じゃないの?」輪千から予期しない攻め立てる言葉が出た。「私は途中で出会ったから、あなたたちが何をどこで手に入れたのかも知らない」


「俺も、途中からだよ。第一、ナイフは君に出会ったときには既に執行君に渡ってたんだから、裏切り者が抜き取ったのはもっとはじめの段階だと思うよ。残りは善見さん。君しかいないけど」


 朝月の見据える冷たい視線。だが、何がおかしいのか少し余裕のある表情を浮かべて訂正する。

「なんてね。やめよう仕方ない。時間の無駄だし。次の部屋で頼むから最後にしてもらわないと」


 朝月があっさりと歩き出したので私と輪千は睨み合うことになってしまった。まさか私が一番怪しいってこと? 私じゃない。そうすると朝月か、輪千が裏切り者? 信じたくないけど、ほかに誰も残っていない。

「駄目だ。真っ暗だ」


 体育館ぐらいはある広い空間。天井の高さもそれくらい。静けさだけが染みていく。三人並んでいたはずなのに、お互いの距離感がつかめなくなっていく。

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