第30話 フェアじゃない

文字数 1,788文字

「今日は疲れてたから晩御飯食べてからすぐ寝ちゃったんだ。だから起きたら朝だと思ったのに、こんな明るい場所に連れ出されちゃって。蛍光灯が眩しいの」

「え?」

「なんでもない。空気も重いし。背中に何か乗ってるみたいに重いの」


 さっきの狐のミカエリはどこに消えたんだろう。そうだ、壁をすり抜けたらいいんだ。フーならできる。迷路だって上から見ればどこが出口か分かるはずだ。フーに目で合図する。


 フーはにこにこ微笑んで天井に舞い上がった。しかし、感電したような音がした。のけ反ってあっけなく降りてきた。今の音は誰も聞こえなかったのだろうか。ずっと見上げていると不思議に思われてどうかしたのか尋ねられた。


 結局聞こえたのは私だけだ。結界と呼ぶのが近い。フーにも行動範囲が限られている。さっきのミカエリは壁を通り抜けることができるんだろう。やっぱりフェアじゃない。罠ですらない。罠はあちこち移動したりしない。

「フー大丈夫?」


 フーは平気な顔をしているが、ひりひり痛むように顔を振るわせた。

「ここは冷えるね。さっきから横に何かいるみたい」

 フーの方向を見て言われたのでどきっとした。輪千には霊感のようにミカエリを感じることができるのだろうか。


 袋小路から抜け出した。単調な道が続く。執行の行方は分からない。しばらく平和が続いたというか、常に緊張している状況で、ヤマはずっとあれこれ考えを述べたくて仕方がない様子だった。


「今時ピアノ線とか古典ホラーやわ。今やったらレーザーで切断やわ。まあ実際やったら酷い臭いしそうやけど。評価できんのは迷路のデザインぐらいやわ。


 見た目ばっか凝って内容薄いゲームみたいやけど。グラばっか綺麗なゲームと同じやな。ま、シナリオをパクってこの程度じゃ高が知れてるわ。もしかして犯人、コアゲーマーとちゃうんちゃうか」


 饒舌なヤマを嫌がるでもなく朝月がずっと話し相手になっている。といっても朝月にはときどきヤマが例を挙げたゲームソフトの名前程度しか知識はないらしかったが、ヤマはその面白さを必死に伝えた。


 挙げたタイトルは全てプレイ済みだという。行き詰った積みゲーだけをプレイする月を自分で決めて、その月は消化月間と呼ぶのだとか。ゲームに関してはとことん几帳面で、ゲーム専用の手帳を持っているらしい。


「最悪のパターンやけど犯人がゲーマーじゃないとしたらまずいで。うちの理論通用せえへんから。もっとやばいんわ、ゲームってクリアできてなんぼやん? 


 最近はクリアなんてない気ままなゲームライフを謳歌するオープンワールドが流行っとるけど。今やってんは脱出するのが目的やからクリアできなあかんやろ。犯人がゲーマーやなかったら無視するかもしれへんで。誰もクリアできひんゲーム。


 もしそんなことしてみ、うちは許さんからなゲーマーとして。パクったからには最後までエンディングを見せてもらおやないか」


 意気込みはすごいけど、ひいらには理解できない部分もあった。ゲーム好きな友達でも、ここまで自分がゲーマーゲーマーと名乗る人は初めて見た。


 ヤマは決して悪気があるわけではないが、このゲームの不吉さをヤマ自身が証明している気がする。思うにこういうゲームにハッピーなエンディングはないのではないだろうか。脱出後も、終わってなかったとか。生き残りはたった一人だとか。


 ミカエリが現われた。さっきの、人型の狐だ。顔には仮面をつけている。まるで招くようにこちらを見据えている。私が足を止めたことに気づいたのは朝月と、川口。朝月は川口にも増して何か言いたげだが、目線の先を追ってミカエリの方を振り返るが何もないと分かると少し怒った。


「さっきから何。君って何か知ってるの?」

「そ、それは」

「違うよ。気配みたいなものだから」

 輪千がすっと歩み出た。助け舟を出してくれたのかと思ったらそうでもない。

「この先にはきっとあのときに近いものが待ってると思う」


 まるで何かを悟ったような口ぶりで、目を凝らすが、そこには極彩色が広がるばかり。


「二年も経ったのにね」

 完全な独り言なのに、どこか引き寄せられる情緒豊かな声は、その場にノスタルジックな光景を皆に思い起こさせた。ヤマが興奮していなければ、この場に長く留まってしまいそうだ。


 集団で何かの幻覚を見ることがあるというが、輪千には先導師的なものがあるのかもしれない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み