第57話 俺はずっとこのままでいたい
文字数 2,455文字
カムが俺の腕にまとわりつく。今に飛び出そうとしているのは俺の心臓の方なのに、カムはやる気満々で、俺が的確に指示できないのをよしとしてにんわり笑っている。
「ま、後で色々知ったんや。俺は零士であって零士やあらへんし、それでも妹の真奈美がおったからな。顔だけは見とかんと。って思ったらおらんやないか。
真奈美の日記見つけて、俺を生き返らせるゲームのこと書かれててん。ミカエリ使ってどこにおるんか調べたら、殺人ゲームが終わった後やったわ。でも、現場は行ったから知ってんで」
いくら隠蔽してもミカエリを持っている人間が調べようと思えば調べられるんだ。じゃあ、今回悪七が逮捕されたのももしかしたら、こいつのせいかもしれない。
「まあ、そんなに驚かしてもしゃあないし、もっと驚くんは最後に置いといて、まず質問でも受け付けよか?」
そのときはじめて俺は激しい怒りに駆られた。何で悪七はこんなやつと親友だったんだろうと初対面なのに嫌悪した。
「そんな目で見るな」
零士の目は決して冷ややかではない。意志の目だ。俺は自分の意志を持っていない。憎悪に振り回され飲み込まれ、ただそれでもいいと思い続けている。
こいつの力強い眼光といえば俺が求める強さでありながら許せない。俺はいかにして射られる射程から外れたものかと睨みつけた。ただ、零士は俺のことを哀れとも馬鹿にするでもない不思議そうな目で見ていた。
「まあ、うちのことはあんさんもおいおい分かるわ。あんさん、悪七の親友なんやろ?」
ここぞとばかりににんまり笑う唇が俺を嘲笑した。俺が悪七から何も聞き出せていないことを知っている。
「ライが人殺しになったんわ、あんさんのせいでもあるやろ」
「お前、俺が悪七を止めるべきだったって言いたいのか。あいつは、あいつのやりたいようにやる。俺もそうだ」
俺は責任逃れをしたいわけじゃなく単純に俺達は自分のやりたいことをやるべきだと思った。悪七を止めることは誰にもできないという観念はどこか頭の隅にあることはあった。零士はまだ悪七のことを親友面して考えていることが腹立たしい。
「せやせや、忠告しに来てんで、ライに巻き込まれてんのは、もしかしたらあんさんなんかもしれへん思うてな」
「俺は好きで悪七のゲームに参加してる」
「ほんまにそうなんか? だってライのやつ、ゲーマーに成りすましたみたいやないか。うちは大阪弁やけどゲーマーやないで、もしかしてゲーマーのモデルってあんさんかもしれへんやん。
いや、もっと悪う言うたらあんさんに、罪をなすりつけるためにゲーマーのふりしたんかもしれへんやろ」
今までそのことに思い当たらなかったのは、悪七のことを信用しきっていたというより自分の身の安全の位置がカムによって確保されていたからだろう。
俺は警察や事件発覚を恐れている反面、その怖れそのものをカムの存在によってうやむやにしていた。そこへ思い当たったことよりも、厚かましくなってきた零士に何か言い返したい気持ちの方が勝った。
「お前こそどうなんだよ。警察署の前で俺を見つけたってことは、悪七が捕まってることも知ってるってこどだろ。お前が警察に悪七を売ったんだな」
「いや、うちは何も話してへんわ。驚かしたろ思うてたことやけど、まあこれが悪七が捕まった原因やわ。うちの妹、輪千真奈美の死体やけどな、ちゃんと処理しきれてなかったで。
溶けてた指が出てきたんや。何やトラブルでもあったんか? ミカエリに死体の処理任してたんやろどうせ。それともミカエリがわざと処理しきらんと、残しとったんかもしれへんな」
輪千の話題にきて、零士の毒舌は一層増した。妹が死んで悲しいといった感情はもはや通り越し、俺と同じ目をしていた。鏡を突き合わされた。
ただ、零士の瞳には明らかな輝きが認められた。これから、俺達はこいつのために裁かれるのかもしれない。零士は喜びこそしないが、俺達を止めることに義務を見出している。
再び生き返った人間がどんな心情でこの世を歩き回るのか知らないが、何かしら強い意志を持つように思う。
「お前は俺達を破滅させたい。そうだろ」
俺が怒り心頭に罵ると、とうとう土砂降りになった。
「あんさん、破滅を怖れてんのか?」
「違うな、間違ってた」
俺は自問自答する。怒りってのは他の感情より特殊で、ずっと染まっていたくなる色をしている。このままでいて何が悪い。怒りが枯渇しそうになると飢えさえも怒りに変える。
矛先は執行がいない今でも執行と同じ人種に向いている。唯一の指針は悪七だけだ。悪七と比べたくなるのは決まって沈黙の時間だ。悪七は怒りを通り越して悟ったのかもしれない。
この世界の虚しさを。だとしたら俺の未来は悪七だ。悪七から教わらないといけない。俺に何が足りないのかという愚問には答えてくれないだろう。どうすれば悪七になれるのか。
復讐に全身全霊を捧げてミカエリに命を払っていくことはもしかしたら人類が一度は皆望んだことがあるはずだ。悪魔が魂を差し出せと言えば自分の努力で成し遂げることができるはずの簡単なことだって悪魔の力を借りてみたくなるだろう?
俺達は実際にそれができる数少ない人間だ。
それを弱い人間だからとか幸薄いとか言わせない。悪七だって俺と同類だから世界から切り離された感覚は察しているはずなんだ。人の不幸を願いながら生きて何が悪い。
どん底で這って何が悪い。上を目指さないで何が悪い。死んだまま生きて何が悪い。救いなんていらない。ずっと誰かを呪っていたい。憎んでいたい。殺し続けたい。そして早く誰か殺してくれ。
そこまできて、俺は思考を止め、考えすぎだと思った。これでは川口流みたいなものだと思った。
「俺はずっとこのままでいたい。何も変わらずにいることが俺の目的で、破滅が憎悪の結果だとは思わない。憎悪は、どこまでいっても憎悪だ。
それで俺は身を滅ぼしたとしても、やっぱり憎悪があるだけだと思う。俺はそれでも満足だ。それ以上目障りなことを言うと、喰うぞ」
「ま、後で色々知ったんや。俺は零士であって零士やあらへんし、それでも妹の真奈美がおったからな。顔だけは見とかんと。って思ったらおらんやないか。
真奈美の日記見つけて、俺を生き返らせるゲームのこと書かれててん。ミカエリ使ってどこにおるんか調べたら、殺人ゲームが終わった後やったわ。でも、現場は行ったから知ってんで」
いくら隠蔽してもミカエリを持っている人間が調べようと思えば調べられるんだ。じゃあ、今回悪七が逮捕されたのももしかしたら、こいつのせいかもしれない。
「まあ、そんなに驚かしてもしゃあないし、もっと驚くんは最後に置いといて、まず質問でも受け付けよか?」
そのときはじめて俺は激しい怒りに駆られた。何で悪七はこんなやつと親友だったんだろうと初対面なのに嫌悪した。
「そんな目で見るな」
零士の目は決して冷ややかではない。意志の目だ。俺は自分の意志を持っていない。憎悪に振り回され飲み込まれ、ただそれでもいいと思い続けている。
こいつの力強い眼光といえば俺が求める強さでありながら許せない。俺はいかにして射られる射程から外れたものかと睨みつけた。ただ、零士は俺のことを哀れとも馬鹿にするでもない不思議そうな目で見ていた。
「まあ、うちのことはあんさんもおいおい分かるわ。あんさん、悪七の親友なんやろ?」
ここぞとばかりににんまり笑う唇が俺を嘲笑した。俺が悪七から何も聞き出せていないことを知っている。
「ライが人殺しになったんわ、あんさんのせいでもあるやろ」
「お前、俺が悪七を止めるべきだったって言いたいのか。あいつは、あいつのやりたいようにやる。俺もそうだ」
俺は責任逃れをしたいわけじゃなく単純に俺達は自分のやりたいことをやるべきだと思った。悪七を止めることは誰にもできないという観念はどこか頭の隅にあることはあった。零士はまだ悪七のことを親友面して考えていることが腹立たしい。
「せやせや、忠告しに来てんで、ライに巻き込まれてんのは、もしかしたらあんさんなんかもしれへん思うてな」
「俺は好きで悪七のゲームに参加してる」
「ほんまにそうなんか? だってライのやつ、ゲーマーに成りすましたみたいやないか。うちは大阪弁やけどゲーマーやないで、もしかしてゲーマーのモデルってあんさんかもしれへんやん。
いや、もっと悪う言うたらあんさんに、罪をなすりつけるためにゲーマーのふりしたんかもしれへんやろ」
今までそのことに思い当たらなかったのは、悪七のことを信用しきっていたというより自分の身の安全の位置がカムによって確保されていたからだろう。
俺は警察や事件発覚を恐れている反面、その怖れそのものをカムの存在によってうやむやにしていた。そこへ思い当たったことよりも、厚かましくなってきた零士に何か言い返したい気持ちの方が勝った。
「お前こそどうなんだよ。警察署の前で俺を見つけたってことは、悪七が捕まってることも知ってるってこどだろ。お前が警察に悪七を売ったんだな」
「いや、うちは何も話してへんわ。驚かしたろ思うてたことやけど、まあこれが悪七が捕まった原因やわ。うちの妹、輪千真奈美の死体やけどな、ちゃんと処理しきれてなかったで。
溶けてた指が出てきたんや。何やトラブルでもあったんか? ミカエリに死体の処理任してたんやろどうせ。それともミカエリがわざと処理しきらんと、残しとったんかもしれへんな」
輪千の話題にきて、零士の毒舌は一層増した。妹が死んで悲しいといった感情はもはや通り越し、俺と同じ目をしていた。鏡を突き合わされた。
ただ、零士の瞳には明らかな輝きが認められた。これから、俺達はこいつのために裁かれるのかもしれない。零士は喜びこそしないが、俺達を止めることに義務を見出している。
再び生き返った人間がどんな心情でこの世を歩き回るのか知らないが、何かしら強い意志を持つように思う。
「お前は俺達を破滅させたい。そうだろ」
俺が怒り心頭に罵ると、とうとう土砂降りになった。
「あんさん、破滅を怖れてんのか?」
「違うな、間違ってた」
俺は自問自答する。怒りってのは他の感情より特殊で、ずっと染まっていたくなる色をしている。このままでいて何が悪い。怒りが枯渇しそうになると飢えさえも怒りに変える。
矛先は執行がいない今でも執行と同じ人種に向いている。唯一の指針は悪七だけだ。悪七と比べたくなるのは決まって沈黙の時間だ。悪七は怒りを通り越して悟ったのかもしれない。
この世界の虚しさを。だとしたら俺の未来は悪七だ。悪七から教わらないといけない。俺に何が足りないのかという愚問には答えてくれないだろう。どうすれば悪七になれるのか。
復讐に全身全霊を捧げてミカエリに命を払っていくことはもしかしたら人類が一度は皆望んだことがあるはずだ。悪魔が魂を差し出せと言えば自分の努力で成し遂げることができるはずの簡単なことだって悪魔の力を借りてみたくなるだろう?
俺達は実際にそれができる数少ない人間だ。
それを弱い人間だからとか幸薄いとか言わせない。悪七だって俺と同類だから世界から切り離された感覚は察しているはずなんだ。人の不幸を願いながら生きて何が悪い。
どん底で這って何が悪い。上を目指さないで何が悪い。死んだまま生きて何が悪い。救いなんていらない。ずっと誰かを呪っていたい。憎んでいたい。殺し続けたい。そして早く誰か殺してくれ。
そこまできて、俺は思考を止め、考えすぎだと思った。これでは川口流みたいなものだと思った。
「俺はずっとこのままでいたい。何も変わらずにいることが俺の目的で、破滅が憎悪の結果だとは思わない。憎悪は、どこまでいっても憎悪だ。
それで俺は身を滅ぼしたとしても、やっぱり憎悪があるだけだと思う。俺はそれでも満足だ。それ以上目障りなことを言うと、喰うぞ」