第11話 丸飲み

文字数 1,067文字

「どうしたの?」

 青白い顔でずっと黙っていたのを不審に思ったらしい。

「そうだ、何か見せてくれ。英語とか」


 フーに英語を頼んでみた。だが悪七のミカエリと同じでフーは主である善見ひいらの言うことしか従わない。


「通訳は今、外人さんがいないから無理だけど、そうだ。そのコーラ見てて」

 フーは口を大きく開けて空気を吸い込むとコップが彼女の手の中まで吸い寄せられた。

「便利でしょ。カムちゃんも何かやって見せてよ」


 カムに何かをやらせる義理はないし、これ以上詮索されるのは勘弁だ。だからここら辺で驚かしてやろうと思って、カムに目で合図した。カムは分かったのか分からないのか、とぼけたまぬけ面をして口をごぼごぼ鳴らした。


「分かってる。お・な・かだろ」

 空腹は満たしてやるとも。カムはずっと笑ったような表情のままテーブルを這って、フーと対面した。フーは机から数センチのところで浮かんで、寝ぼけ眼で微笑んでいる。


 ミカエリ同士が握手するとは思えないが、このときほどほがらかな場面はない。もうすぐ握手だと思った瞬間、思ったとおり、カムが真っ先に噛みついた。フーを頭から丸呑みだ。カムはごぼごぼ鳴らしながら、じたばたするフーをもてあそんでぺっと吐き出した。


 善見はかわいげもない、わっと驚いた声で席を立った。フーは額の一本の毛を完全に失ってしまった。返ってすっきりしたではないか。カムは悪気もないが、面白かったという顔をしている。


 もちろん俺もどっと笑ってしまった。

「びっくりした」善見は、ほっとして座りなおした。全く、本気にしていたのだからおかしいったらない。


「カムちゃんひどいよ。フーの前髪なくなったよ」

 冗談半分だったが、これで分かったことがある。俺達がカムに触るのは不可能ではないってことだ。善見のミカエリに触れられたり、線路で突き飛ばしたみたいにミカエリはたまに実体化できる。そして、もう一つ。ミカエリ同士はお互いに触れられるのだ。今、フーを本当に喰うこともできたのだ。


「そうだ。今俺達、ミカエリを使ったゲームしてるんだけど。ひいらも参加してみねぇ?」

 ひいらと馴れ馴れしく呼んでしまったが、ひいらはそれが自然であるように聞いていた。そして、ゲームのことは初耳のようだ。


「まだ今度のは具体的に考え中なんだけどな」

 とにかくもう一度必ず会うことだけを取りつけた。そして早々と話を切り上げて俺は店を出ることにした。ひいらは別れるのがもったいないとばかりに、カラオケに行こうと誘ってきた。これからジュディを連れてくるからとせがんだ。誰だよ、ジュディって。
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