第60話 インタビュー

文字数 1,586文字

 この二日間どのゲームソフトも俺を満足させることは、できなかった。締め切ったカーテンの隙間からときどき指を入れて目を細める。洗濯物の隙間からわずかに垣間見える湿気のこもった灰色の空に、左の翼が抜け落ちた不具なカラスが飛んでいる。


 あいつにちゃんとした羽を与えて、日曜だというのに賑やかな朝の車道を嫌悪の目で一瞥してほしい。


 悪七はやっと今日、誤認逮捕ということで釈放されたとメールがあった。学校では悪七が何をやらかしたのかと、バンド仲間や、友人、自称恋人が殺到して質問攻めにあったそうだ。


 テレビを見てみるといいよと言われて、たとえ面白くなくてもやり続けてしまうゲームをはじめる前にチャンネルを回した。標零士が一躍、時の人になっている。そうさせたのが悪七だろうと思ったのは、零士が祖母と並んで苦笑して立っていたからだ。


 ニュースでは戸籍が死亡扱いになっていたことに対しての零士のインタビューが取り沙汰されている。空白の二年間からの奇跡の再会というわけで、二年間死んでいたなんて言えない零士はただ受け答えをする度に額に汗を流す。


 死亡扱いにされていたことについてはショックを語るがあまり深刻にはならないよう心がけているのが絶やさない笑みから見て取れた。


 脱線事故当時の状況もコメントを求められた。番組は悲劇性を強めようと演出を凝らしているが、零士はそんなに傷痕が見たいなら見せたるわという、態度で「ほら足や、刺さっとったのは」


 と忌々しげに言うが、ユーモアは忘れず「死にかけとっただけやったのになぁ。思い違いは誰でもあんねんからうちは気にしてへんねんけど。神様もえらいことしよるで」と、祖母にそっと腕を回してやっている。


 零士の祖母は目頭を熱くして笑いながら泣いている。


「今はばあちゃんにも、会えたことだけで満足や。それに火傷で誰か分からへんかったんやから仕方なかったことやと思ってます」と締めくくった。


 そのわりに顔に火傷なんてないしインタビュアーは気にならないのだろうかと思った。


 零士の祖母は今なお行方不明の輪千真奈美の埋め合わせにと神様が零士の生存を教えてくれたとカメラに拝んでいる。一方、これまで生きていてどこにいたのかという問題には、触れられなかった。


 スタジオのアナウンサーがぼそりと家出なんじゃないかと呟いた。自分の葬式を出されたら人間誰でも今更生きていると名乗り出るのは難しいということを思っての発言だった。


 中継の終わり、零士が一瞬険しい顔をしてテレビの前の俺を睨んだような気がしたがあっさりスタジオに切り替えられた。スタジオでは零士の祖母が匿名の電話を受けて零士の生存を知ったことに対し、誰かが養っていたんでしょうねと感動の再会を台無しにする発言をした。


 家庭環境も複雑で輪千真奈美が母方に引き取られ、零士は父方に引き取られていたが、父親は既に去年病気で他界したことも説明された。輪千真奈美が行方不明になっている事件は指が海から発見されたことで事件と事故で捜査が進展を見せ始めている。


 また零士の墓からは骨が発見されず、葬儀所の管理がずさんなのではとの指摘もあった。夜な夜な墓をシャベルで掘る悪七を想像したら何だかおかしくなってきた。


 やりかねないが、悪七はそういう力仕事が、嫌いだと思う。ミカエリといっしょに墓場まで行って、自分は高いところから見下ろしているんだろうきっと。


 テレビと平行してネットでも事件を調べてみると、失踪中の輪千真奈美が死んでいて実は兄の標零士が犯人じゃないかという書き込みが当然あった。ざまあみろ。


 一連の展開は悪七の細やかな仕返しだろう。零士はいつまで蘇生の経緯の秘密を守っていられるか。それにゲームのことをうかつに警察に説明してみろ。俺達より零士が怪しまれるに決まっている。

 気の緩んだ俺はニュースからゲームに切り替えた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み