第73話 敵
文字数 1,286文字
タワーは侵入してくれと言わんばかりに閑散としていた。観光客も、エレベーターの案内の女性も全て氷の彫像と化していた。といっても電気は点いているし、エレベーターも動いた。エレベーターのわずかな振動だけが耳にじんわりと響く。ライはこの先で待っている。
扉が開くと冷気が吹き込み、温度がぐっと下がった。ミカエリとライが窓の外を見下ろしていた。振り向きもせず、どうでもいいようなことをあいさつ代わりに話し出す。
「ここからだとよく見えるんだ。零士にも見せてあげたくて」
今では街中が氷河期の到来を告げていた。ビル群は鋭利なゴシック建築さながらにごつごつと空に突き上がり、川は荒々しく凍りつき、駒のように点在する人の彫像が、虚しく佇んでいる。
「これがいつも俺が見ている世界。やっと吊り合ったよ。俺はとにかく秩序も戒律もない世界に今の世界を引き下げたかったんだよ」
窓に映るライの少し悲しげな微笑が、困惑したように歪んで、静かに自嘲気味にはにかんだ。
「綺麗すぎるけどね。本当はもっと焼かれた大地が黒ずんでいる方がいいんだけど、ミカエリは未だにひねくれてるから、思い通りにならない。それとも俺が望んでいることなのかな」
零士には世界規模のことのようには思えなかった。現に凍りづいているのは都心だけで日本全国ではないのではないか? ここから見える世界とやら、ライの思い描く何かとどう重なろうが知ったことではない。
「もてあそんでええもんとちゃう。人の命は」
ライにはこういうことを言っても無意味だとは重々承知しているが、遠まわしな言い方はできない。ライは、やっとこちらを振り返ったが、それは今の言葉に対する応答ではなく、無感動なまま、漠然とした事実を問う。
「ねえ。リョウに何したの? 俺の本当の友達かもしれないのに」
「そんなことかいな。殺したりせえへんわ。あんさんとちゃうわ。あいつはあんさんのこと友達や思ってんで、あれでも一応。それやのに、あんさんはちゃうんかいな?」
「さぁ。信用はしてるよ。友達って枠にはまらない友達もありなんじゃないかな? 例えば、今の俺と君の関係は何?」
零士はにんまり笑った。
「敵やな。あんさんの方がそう思ってんやろ?」
ふっと息を漏らしてライも微笑む。ズボンのポケットに手を突っ込んで少し上を見上げる。
「もし、うちが狩集リョウに殺されとったら――まあ、負けへんけど。どうするつもりやったんや? あいつも殺すつもりやったんか?」
「リョウなら分かってるよ。零士に手を出せば俺に殺されるかもしれないことぐらい。でも、俺を守りたかったんだ、ミカエリから。だから見守ってた」
零士は鼻を鳴らして苛立たしげに言い放つ。
「ほんま、うちがええ人間でよかったな。あんなやつ殺してもええんやで、正当防衛で。あんさんが何にも手出さんと見守ってる間にな」
「零士はそんなことしないよ」
「うちはあんたの知ってる昔の零士とちゃう。そんなん分かってんやろ」
ライはこれまで見たこともないような感慨深い顔で、深くため息をつきたいといった様子だったが、言葉を選ぶように一瞬、目をそらせたように思えた。
扉が開くと冷気が吹き込み、温度がぐっと下がった。ミカエリとライが窓の外を見下ろしていた。振り向きもせず、どうでもいいようなことをあいさつ代わりに話し出す。
「ここからだとよく見えるんだ。零士にも見せてあげたくて」
今では街中が氷河期の到来を告げていた。ビル群は鋭利なゴシック建築さながらにごつごつと空に突き上がり、川は荒々しく凍りつき、駒のように点在する人の彫像が、虚しく佇んでいる。
「これがいつも俺が見ている世界。やっと吊り合ったよ。俺はとにかく秩序も戒律もない世界に今の世界を引き下げたかったんだよ」
窓に映るライの少し悲しげな微笑が、困惑したように歪んで、静かに自嘲気味にはにかんだ。
「綺麗すぎるけどね。本当はもっと焼かれた大地が黒ずんでいる方がいいんだけど、ミカエリは未だにひねくれてるから、思い通りにならない。それとも俺が望んでいることなのかな」
零士には世界規模のことのようには思えなかった。現に凍りづいているのは都心だけで日本全国ではないのではないか? ここから見える世界とやら、ライの思い描く何かとどう重なろうが知ったことではない。
「もてあそんでええもんとちゃう。人の命は」
ライにはこういうことを言っても無意味だとは重々承知しているが、遠まわしな言い方はできない。ライは、やっとこちらを振り返ったが、それは今の言葉に対する応答ではなく、無感動なまま、漠然とした事実を問う。
「ねえ。リョウに何したの? 俺の本当の友達かもしれないのに」
「そんなことかいな。殺したりせえへんわ。あんさんとちゃうわ。あいつはあんさんのこと友達や思ってんで、あれでも一応。それやのに、あんさんはちゃうんかいな?」
「さぁ。信用はしてるよ。友達って枠にはまらない友達もありなんじゃないかな? 例えば、今の俺と君の関係は何?」
零士はにんまり笑った。
「敵やな。あんさんの方がそう思ってんやろ?」
ふっと息を漏らしてライも微笑む。ズボンのポケットに手を突っ込んで少し上を見上げる。
「もし、うちが狩集リョウに殺されとったら――まあ、負けへんけど。どうするつもりやったんや? あいつも殺すつもりやったんか?」
「リョウなら分かってるよ。零士に手を出せば俺に殺されるかもしれないことぐらい。でも、俺を守りたかったんだ、ミカエリから。だから見守ってた」
零士は鼻を鳴らして苛立たしげに言い放つ。
「ほんま、うちがええ人間でよかったな。あんなやつ殺してもええんやで、正当防衛で。あんさんが何にも手出さんと見守ってる間にな」
「零士はそんなことしないよ」
「うちはあんたの知ってる昔の零士とちゃう。そんなん分かってんやろ」
ライはこれまで見たこともないような感慨深い顔で、深くため息をつきたいといった様子だったが、言葉を選ぶように一瞬、目をそらせたように思えた。