第46話 もう終わりかもしれない

文字数 1,744文字

「大丈夫か」

 大丈夫ではなさそうだ。これまで悪七が無傷でいられたことの方が不自然だが、どうしてもこれが異常なことだと思わずにはいられない。

「リョウは機械を片づけてよ。力仕事は嫌だから」


 自傷するところを見られたくないだろとすぐに分かったので、俺は部屋に引き返した。今回のゲームで悪七はかなり際どいことをしていたのだと今更気づいた。何人も殺したけど、結局自分のナイフで殺したのは三人だという。


 残りは装置で補っていた感じだ。ミカエリを無傷で利用できる最大の限度を自分でも推し量ろうとしていたのだろうが、最後の輪千が計算外だったのだ。


 俺は盗み見てしまった。悪七はその場でナイフを掌に何度も突き立てている。掌を貫通する度に悲鳴を堪えているのが見えて、さっさとその場から離れればよかった。決して声には出さないけれど、その場でうずくまっている。


 すぐに恐ろしいことが起こった。悪七の左手の指が五本ともスパンと切れて花火みたいに飛び散った。ミカエリの仕業だ。

「間に合わなかった」


 震える声でそれだけ言う。俺にできることといったら服をちぎって手に巻きつけたり、飛んで行った指を探しにいったりすることだ。悪七は唇を紫にしながら、それでも意識だけは失わなかった。意識が飛ぶことを怖れている。


 いっそ自分の指の顛末を知らない方が気が楽だろう。意識を飛ばさないようにミカエリが科したのかもしれない。


 すぐ救急車を呼ぶということを頭が過ぎったが、人殺しの俺達が呼べるはずがない。全くなんてことだ。それでも悪七には自分の仕事をするように言われた。


「後はミカエリとの駆け引きだから」

 俺は狐のミカエリに目を向けた。面のままだが、澄ました顔で突っ立った執事みたいだ。


 任せるなんてとても言える相手ではないが俺は部屋から包帯とガーゼを持ってきて、悪七の前に置いた。自分で手当てするのかミカエリがするのか知らないが、これ以上俺にはどうしようもない。悪七も早く俺が立ち去ってくれることを望んでいる。こんな姿は見られたくないと。


 ところが、ゲームの現場はすでにきれいに片づいていた。死体の処理は終わっていた。文字通り消されている。狐が、死体を溶かしていた指で触れることなく、あぶくがぐつぐつ煮たっていたのは、硫酸か何か。残ったのは、血糊だけだ。


 なるほど、ルミノール反応で一発で逮捕の可能性がある。ルミノール反応が出ても、誰がやったか分からなければそれでいい。果たしてそう上手くいくのか。


 工具や、仕掛けも半分ほどは消えていて、俺の出る幕はほとんどなく、指紋をふき取ったり、血の後を洗い流したりするぐらいだった。悪七のミカエリは悪七がいなくても自分の仕事をするというが、ここまでやるとは。


 悪七の指五本で済んだのが奇跡だ。いや、己で掌を貫かなかったら腕一本はなくなっていただろう。


 作業が終わって戻ると悪七の姿がなかった。部屋に電話が置いてある。こんなものは用意してなかった。

「お前が持ってきたのか」


 狐のミカエリは頷いた。救急車を呼べということか。何て悪魔的なやつなんだ。悪七が出血多量で死なれたら困るからだ。もしかして指だけを切断したのも、掌は神経が多く通っているから痛みが激しいからかもしれない。


「呼べばいいんだろ。悪七はどこに運んだんだよ」


 呼びたかったとは言えなかった。強制させられている気がしたから。

 悪七は建物の外の林の中の小屋で寝かされていた。近くに工具が落ちていて、それで指を落としたというシナリオがすでにできあがっていた。


「こんな時間に作業する奴はいないと思うけどな」


 貧血なのか、悪七は答えないし、もうシナリオだってどうでもいいのかもしれない。指はタオルに包んであるがもう目が当てられない状態に染まっている。切断された方の指はビニール袋に入れられて縫合されるのを待っている。救急車が来たのはそれから五分後だった。


 俺は生きた心地がしなかった。カムはずっと俺の左腕を舐めている。いつでも悪七の身代わりになれると教えている。


 だが、悪七は死なないだろう。そして俺だって逃げ出したい衝動に駆られていた。救急車は俺達を助けに来るんじゃない。事件が発覚してしまう。パトカーと同じだ。俺達はもう終わりかもしれない。


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