第27話 犠牲者
文字数 1,637文字
風の吸い込む音が聞こえた。掃除機で何かが詰まったような音で、それもすごく大きな音だ。左の方からだ。ひいらは左に駆け出した。緑の壁、オレンジの壁。曲がる。いない。また二手に分かれている。音を頼りに走る。音が変わった。吸引力を上げたような音だ。
くぐもった苦しげな声が聞こえる。突然、絶叫に変わる。また角を曲がった。いた。彼女は壁に張りついている。のけ反ったまま、突然、血が壁に散る。ぼっこりと彼女の背中が陥没する。背骨が折れた鈍い音が反響した。彼女の手からスマホが零れ落ちる。
駆けつけた川口とヤマがそれぞれ立ち尽くす。遅れながら朝月がゆっくりとした足取りでことの顛末に、はっと息を飲む。
怖くて近づけなかった。まるで壁に口があって、内臓を排水溝で吸われたようだった。がっぼりと身体に穴が空く寸前だ。ふたばの口からほとばしったどす黒い血の量は異常で、顔もほとんど壁に圧迫されて鼻の骨が折れ、目もくぼんでいた。
突然吸引が収まったせいで、流れるべき血がどっと噴出したのか、スマホも血しぶきがかかっている。
「彼氏のふりをしたどこかのゲームマスターさんからだよ」
朝月がスマホを拾って画面のメールを見せた。
《ここで立ち止まれ。死にたくなかったらメールを全部削除しろ》
「ここっていうのが、罠のあった場所みたいだね」
「何でメールを消させようとしたんだろう」
「二人のメールが残ってるのを見てみたらいいよ。ほら、別れたけど、彼女の方から復縁を迫ってるね。勘だけど、彼女が本当に依存してたのはスマホじゃなくて彼氏だったのかも」
「全件削除押せばええのに。何でせーへんかったんや?」
「押せなかったんでしょ。メールに一件ずつ保護かけてるし。ほら。ほんと、つまらない世間話とか挨拶まで保護してるよ」
「それで何で殺されたの」
さっきまでふたばがあまり好きになれなかったけど、いざこうして沈黙が訪れると虚しくなった。
ヤマが身震いして走り去った。
「ちょっとどうしたの?」
「何か知ってるみたいだね」
朝月が追いかける。
「俺やない! 俺やないで!」
「じゃあ止まって話そうよ」
やっと追いついた。みんな息が上がっていた。特にヤマは煩わしいと言わんばかりに、目尻を吊りあげた。
「信じてくれんやったら話すけどな。俺やないからな」
「分かったから落ち着いてよ」
ヤマはまくし立てる。
「最初は誰が言い出したんか覚えてへんけどな。だから俺やないで。デスゲームを考えとったんや。もちろんゲームとしてやで。プログラミングできる友達がおるから。そいつに頼もう思うて。俺はシナリオをな、考えとったんや」
息を整えるのをみんな待っていた。唾を飛ばしながらヤマは続けた。
「それでや、俺は最初シーソー見たときぞっとしたんや。最初ボツにしたけどそんなネタあったんや。偶然や思うことにしてんけど、今度はこれや。俺の考えたシナリオや」
「それってどんな?」あまり刺激しないようにそっとひいらも尋ねた。
「だから言うとるやん。デスゲームや。みんなの嫌がることを無理やり克服させるみたいなテーマで殺すんや。でも、まだプログラミンングもしてへん。俺の中でまだ形にもなってへんシナリオや」
ヤマがこんなグロテスクなゲームを考えたなんて。でも、考えるのと実行に移すのは違う。
「そのゲームだけど、どこかに内容が漏れたのかな。ヤマ君はこんなゲームしないよね」
ひいらが念を押すように問うと、ヤマは縦に激しく頷く。水を差すように朝月が冷ややかに言い放つ。
「分からないよ。最初の手紙の最後の文面には裏切り者には気をつけろと書いてあった。あれがルールブックだとしたら、あまり信じたくないけど、裏切り者がいるってことになるよ」
「そ、そや、掲示板にちょっと書き込んだんやったわ」
たった今死んだばかりのふたばの、また掲示板。という声が聞こえたような気がした。ふたばはずっと血だまりを広げている。気分が悪くなってきた。
「ちょっと場所変えよう。ごめん」
吐き気がしていた。
くぐもった苦しげな声が聞こえる。突然、絶叫に変わる。また角を曲がった。いた。彼女は壁に張りついている。のけ反ったまま、突然、血が壁に散る。ぼっこりと彼女の背中が陥没する。背骨が折れた鈍い音が反響した。彼女の手からスマホが零れ落ちる。
駆けつけた川口とヤマがそれぞれ立ち尽くす。遅れながら朝月がゆっくりとした足取りでことの顛末に、はっと息を飲む。
怖くて近づけなかった。まるで壁に口があって、内臓を排水溝で吸われたようだった。がっぼりと身体に穴が空く寸前だ。ふたばの口からほとばしったどす黒い血の量は異常で、顔もほとんど壁に圧迫されて鼻の骨が折れ、目もくぼんでいた。
突然吸引が収まったせいで、流れるべき血がどっと噴出したのか、スマホも血しぶきがかかっている。
「彼氏のふりをしたどこかのゲームマスターさんからだよ」
朝月がスマホを拾って画面のメールを見せた。
《ここで立ち止まれ。死にたくなかったらメールを全部削除しろ》
「ここっていうのが、罠のあった場所みたいだね」
「何でメールを消させようとしたんだろう」
「二人のメールが残ってるのを見てみたらいいよ。ほら、別れたけど、彼女の方から復縁を迫ってるね。勘だけど、彼女が本当に依存してたのはスマホじゃなくて彼氏だったのかも」
「全件削除押せばええのに。何でせーへんかったんや?」
「押せなかったんでしょ。メールに一件ずつ保護かけてるし。ほら。ほんと、つまらない世間話とか挨拶まで保護してるよ」
「それで何で殺されたの」
さっきまでふたばがあまり好きになれなかったけど、いざこうして沈黙が訪れると虚しくなった。
ヤマが身震いして走り去った。
「ちょっとどうしたの?」
「何か知ってるみたいだね」
朝月が追いかける。
「俺やない! 俺やないで!」
「じゃあ止まって話そうよ」
やっと追いついた。みんな息が上がっていた。特にヤマは煩わしいと言わんばかりに、目尻を吊りあげた。
「信じてくれんやったら話すけどな。俺やないからな」
「分かったから落ち着いてよ」
ヤマはまくし立てる。
「最初は誰が言い出したんか覚えてへんけどな。だから俺やないで。デスゲームを考えとったんや。もちろんゲームとしてやで。プログラミングできる友達がおるから。そいつに頼もう思うて。俺はシナリオをな、考えとったんや」
息を整えるのをみんな待っていた。唾を飛ばしながらヤマは続けた。
「それでや、俺は最初シーソー見たときぞっとしたんや。最初ボツにしたけどそんなネタあったんや。偶然や思うことにしてんけど、今度はこれや。俺の考えたシナリオや」
「それってどんな?」あまり刺激しないようにそっとひいらも尋ねた。
「だから言うとるやん。デスゲームや。みんなの嫌がることを無理やり克服させるみたいなテーマで殺すんや。でも、まだプログラミンングもしてへん。俺の中でまだ形にもなってへんシナリオや」
ヤマがこんなグロテスクなゲームを考えたなんて。でも、考えるのと実行に移すのは違う。
「そのゲームだけど、どこかに内容が漏れたのかな。ヤマ君はこんなゲームしないよね」
ひいらが念を押すように問うと、ヤマは縦に激しく頷く。水を差すように朝月が冷ややかに言い放つ。
「分からないよ。最初の手紙の最後の文面には裏切り者には気をつけろと書いてあった。あれがルールブックだとしたら、あまり信じたくないけど、裏切り者がいるってことになるよ」
「そ、そや、掲示板にちょっと書き込んだんやったわ」
たった今死んだばかりのふたばの、また掲示板。という声が聞こえたような気がした。ふたばはずっと血だまりを広げている。気分が悪くなってきた。
「ちょっと場所変えよう。ごめん」
吐き気がしていた。