第10話 器は限界に近い

文字数 2,183文字

 携帯のプロフィールを送信し合いながら、なかなか赤外線が繋がらない。いい加減黙らせないと苛々してきた。これは完全にからかわれている。まるでこれではいつも俺のことを嫌っているクラスメイトと同じではないか。


 嫌っているというのではない。無邪気にも人を馬鹿にしているのだ。本人に自覚がないところは違っているが。彼女のは罪がない。だが、それでも俺とは相容れない人間だ。


 この間狩った男を思い出した。隣のクラスとはいえあの男はずっと俺をすれ違い様に嘲笑った。いや、他にも何人かいた。俺が孤立しているからだろうと最初は思っていた。


 もちろんいじめもなかった。いじめられた覚えはない。少しばかり、机が歪んでいたこともあった。きっと誰かが蹴ったに違いないことは明らかだったのだが、他人の机を蹴るやからは何人かいる。そう、それも憎悪の対象だが。


 そこにあったのは尊敬を通り越した、別世界だ。俺は勉強ができた。だのに、尊敬も何もなかった。呆れがあったのだ。俺のことを誰も褒めはしない。褒められたいわけではない。


 ただ誰も俺には敵わないとひがんで、呆れて、勉強なんて馬鹿らしくなって、それがどんどんエスカレートして俺は逆に馬鹿にされたのだ。よく考えればそれは恥だった。どれだけ勉強ができても、孤独なのだ。クラスで何かを取り決めることがあった。委員会だった。候補者は誰もいない。みなやる気がなかった。


 結局誰も手を上げないまま時間だけが過ぎていった。そのうち、みんながどうにでもなれと、俺を推薦しはじめた。俺は馬鹿がつくほど勉強ができるかららしい。


 そんなのはとばっちりだ。俺はまじめと言えるほどではない。みなが不真面目すぎるのだ。いや、はめを外すことをしなかった俺も悪いのかもしれない。そのまま俺が色々と担ぎ上げられた。


 でも、恥が続いた。俺はリーダー格に押し上げられるままにされ、役職だけが一人歩きした。結局俺の提案には誰も乗らない。去年の文化祭の出し物を決めるときだって俺は何をした?


 俺は意見が出るのを待った。誰も出さなかった。で、俺が隣のクラスはこんなことをやってるぞと案を出した。というのも、俺達のクラスは何も決まらず何週間も遅れを取っていた。俺の意見は誰も聞く耳を持たなかった。全く馬鹿げている。


 しまいには、みんな早く家に帰りたくなって、次々に帰りだす。俺はなりたくてなったのではない。みんなが押し上げたただの飾りだ。どこまで行っても飾りだった。


 ますます笑いは広まって、俺はクラス中の笑いの種になった。でもこれはいじめではない。なぜなら、俺は誇りを持って勉強に励んだからだ。周りが愚かなのだ。馬鹿にされて当然の連中だ。なのに、実際は周りが俺を馬鹿にしている。


 どこまでも真剣に取り組む俺を無関心と、無気力が俺を罵倒する。ああ、俺は疲労しているんだ。だって、学校とはどこまでも隷属的で授業にしばられる。


 授業が厄介で、一人でこなせないものがいくつかあるからだ。特に体育。俺はサッカーが好きだったが、誰も俺のパスは受け取らない。というより試合にならないのだ。敵チームも味方チームも。まずほとんど動かない。ボールを蹴ろうとしない。追いかけようとしない。


 走りたいやつに走らせとけばいい。目の前を転がるものなら蹴ってやってもいいという傲慢さ。そして、試合放棄。校庭の隅で隠し持ってきた携帯を触りまくる。


 先生は怒りっぱなしか、無視するかのどちらかの二つのタイプがいて、授業が進むのは無視するタイプの先生のときだけだ。授業もイベントも遅れに遅れる俺のクラスは他のクラスからも馬鹿にされる。


 だが、集中的に冷ややかな目で見られたのは俺なのだ。ほかのクラスも負けず劣らず荒れていたが、俺だけが異質と見られた。そしてあの男は迫害的言葉をかけた。


「勉強できるんだったら、何でこんな学校に来たんだ? 俺達のことどうせバカだって笑ってるんだろう?」


 全くそれはお門違いだ。だが、そう思うように仕向けたのはみんな周りのせいだ。そして、繰り返すが断じていじめはなかった。なぜなら殴られもしないし、ものも取られなかった。


 いつしか俺は学校に行く行かないを問わず口にするのもおぞましい感覚に飲まれた。舌がひりひりする。これほどの絶望はこの世にあってはならないと思えるほどの絶望。いや、絶望というか幻滅だ。履き違えてもらっては困るが、俺は悲しんだわけじゃない。虚しいのだ。


 俺は今すぐにでもこいつらを殺したい。問題はこの「こいつら」というのであって、俺が抱いた激しい痛みをともなう激昂は対象が誰でもいいからぶつけたい爆弾のようなもので、いっそ爆破させてしまいたいけど、ぶくぶく導火線の火は激しくなるのに一向に背中に貼りついて投げられないという状況と同じだ。喉から押し迫る唾液。もう吐露する寸前の憎しみが襲ってくる。


 ああ、こんなにまでこいつらを憎いと思ったことはない。そう、決して誰かに公言できないこの怒りはどこまでも培っていって、どこまでも膨大に増していく。


 もう杯は満たされようとしている。俺の器は限界に近い。こいつらという複数の対象が定まらないままではナイフのかざし方が分からないばかりか、手元が狂って己の喉をも突きかねない。もうそこまできている。この複数の対象が、俺を混沌とした狩りに追い立てる。


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