第34話 二本の平均台

文字数 1,546文字

 迷路が開けたのは単なる偶然ではない気がする。トラップはあれからどこにもなかった。

「何ここ」


 天井の低い倉庫のような部屋。赤い部屋。床からは炎が太陽のプロミネンスのごとく、ぐるりとよじって吹き上がる。青い炎が混じっているからガスが燃えているのだろうが、火そのものが生き物のように動くところを見ると、これも一部はミカエリが一役買っているのかもしれない。


 向こう側に渡るには、二本の平均台があるのみ。例えるなら線路。枕木こそないが、二本ある鉄鋼は線路そのものだった。


「きよったで火の海や! 熱っ。ほんまに作りよったで、実写化したらこうなるんか。まだましなゲームや思うで。そら、靴底は焦げてまうぐらい熱いやろうけど、落ち着いていけばクリアできんで。これはふるいにかけとるんやろうな。
 トラップには個人を狙ってやってんのと、全員通らなあかん関門を用意しよって、脱落者が出んのを待ってんや」


「誰かが死ぬってことかな。今回は手紙もないし」

 朝月が平気な顔をして渡って行った。靴底の焦げる臭い。煙が上がるが次の一歩を踏み出して、靴底が焦げてなくなる前に向こう岸に駆け足で到着する。


「川口君、おいでよ。たいてい死ぬのは、一番最後に躊躇う人だからさ。二番目なら怖くないよ。みんなついてる」


 半ば不吉な暗示とも取れた。川口がおずおずと私達を見回した。誰も行けとは言わない。かといって誰も止めない。順番が誰かの運命を分けるとは思えないし、人一人しか通れない鉄鋼の上で力になれるわけでもない。


 奇妙なのは、何故二つ鉄鋼があるのかということ。お互いに横に並んで行くわけにもいかない。それこそバランスを失って隣の人にぶつかったが最後、二人とも火の海に消えることになる。


 川口は青ざめたまま鉄鋼に軽く足をかけた。数秒待って、靴底を見る。まだ焦げてないことに安堵し深呼吸した。


「先に進めばいいんや。怖い思うんわ、下見るからや。見たらあかんで。ここはみんな通るんやから必ず攻略できるっちゅーことや。まあ、難易度高いんかもしれんけどな」


 川口がおずおずと渡り出す。靴底から渋ったように煙がじわじわ上がる。熱風でさらさらの髪が上に舞い上がる。ほとんど泣いているような呻き声を上げながら半分渡りきる。


 最後は駆け足で、靴底が半分焦げ落ちた。向こう岸では朝月が手を伸ばして川口を受け止めた。ヤマも滝の汗をかきながら恐る恐る渡っていく。


「これはどっち乗ってもええんかいな。それか、他に意味があるんかもな。温度はどっちも同じみたいやけど」

 ヤマはぐらぐらしていた。一番危なっかしいが、口だけは達者で、目に汗が入っても気にせず分析を続けた。


「とにかく下は見んこっちゃ。そんでから、横でわざとらしく上がってる炎なんかは見るなっちゅーことや。全部相手の策略や。今時こんな映画みたいなゲームなんていくらでもあんねんで。そういうゲームは画面にいきなり出て来るQTEコマンドを入れる反射神経がいるんや」


 ヤマも無事に渡り終えた。よく考えると私達、女子を置いていくなんて薄情だと思った。もしかしたら私、女に見られていないのかも。


「先に行って。私が見てる」

 輪千は首を振った。

「私は行けない」

「どうして?」


「ここは通れないの」

 輪千も私も汗だくだったが、輪千の汗は悪寒も伴って、凍りついた冷たさも持ち合わせている。

「ここを通らないと。じゃ一緒に通ろう。横を一緒に渡るから」


 手を差し伸べると、輪千は、しぶしぶ手を握り返した。その手は汗でべっとりとしている。

「ほんとダメなの。ここはまるで――」

 輪千は明らかに見えない何かを見据えて怯えている。自分の内から、無理やり引き出そうとする何かが、この現場にはあるようだ。

「早く行かないと。どんどん熱くなってるよ」
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