第49話 標零士

文字数 1,652文字

 プールの授業をさぼりはじめて三日目。もしも悪七の学校にプールの授業があったら悪七はどうしているんだろうか。子供の頃から背中に傷があるとしたら辛かっただろうな。腕の傷を隠すのに必死な俺でこの状態だ。単位を落とすこと間違いなし。


 ときどきクラスの視線がうざいときがあった。そんなときはカムで脅かすぐらいにした。間違っても精神は犯さない。ゲームの事件の進展もないし、あれから珍しく悪七の暗示にもかからず、狩りはしていない。


 こうも平和が続くのは俺にとっても久々で安心して据え置きゲームの電源を毎日入れられる。明日からは夏休み、くだらないけど授業より、ましだから多少楽しみだ。


 だから、悪七からメールをもらった時にはやっと動くかと思った。遅すぎるぐらいだ。悪七は意図的に次の事件を起こす期間を計っている。


 メールは、《輪千(わち)の兄について》とだけ書かれていた。つまりはあのゲームはまだ完成されていなかったということだ。


「そろそろ話せよ」

 俺の求める解答が得られるのは今しかないと確信した。潮時だぞと睨んだからにはもう悪七も、もったいつけないだろう。


 悪七は輪千の兄の標零士(しめぎれいじ)と小学校から付き合いがある同級生だった。零士は稀に見るミカエリが見える人物だったが、零士自身はミカエリを持っていなかった。


 小学校の頃は幽霊でも見るような蒼白な顔をしてミカエリのいる悪七を避けてきたが、次第に好奇心には勝てずに話すようになって、気づいたら友達になっていたらしい。悪七の方でも零士に興味があったのは、零士が悪七の姉と仲がよかったからだという。つまり三人仲良く遊んでいた仲だった。


 悪七の姉は三つ年上だが、亡くなったらしい。

「何だかリョウに電話するのって久しぶりな気がするよ」


 悪七の声は心なしか少し震えている気がしたが、すぐにくすっと笑った。リョウって何座? とかくだらないことを聞く。星占いのつもりか知らないが、そんなくだらないものを信じているとはとても思えない。


「昔、これと同じことを聞いてきた人がいてね」

「それが零士か」

 悪七は躊躇う様子もなく頷いた。ただ親子連れを眺めて思いを馳せるその心境は計り知れない。


「社交性があるから双子座に見えるって言われたんだよ。でも俺二月生まれだから」


 星占いなんて俺にはちっとも分からないし悪七の誕生日を聞いたところで何座かもすぐには分からない。思うにこれも全て零士とのやり取りの内なのだろう。或いは零士との会話を俺と話すことで再現しようとしているのかもしれない。


 一方の零士は山羊座で山羊座は『人生に向き合うという性格』があるらしい。これら全ては零士からの受け売りだという。零士は星に詳しかったとか。


「夜にはよく天体観測をしたんだ。プラネタリウムも行った。中学に入ってからだけど。それまでは図鑑で我慢してたね。鉱石図鑑とかクラゲ図鑑とか。


 フローライトやラピスラズリを探しに近所の公園に行ったり、キロネックスっていう猛毒のクラゲが透明で綺麗だからっていう理由で水族館に探しに行ったり、面白かったんだよ」


 悪七の話ぶりは零士は印象として留められていて血が通っていない。零士は光であり人でない。時間が長期に渡って止まり続けると思い出は悲しい思い出から崇拝に近い神聖なものに昇華され現在という時間軸さえぶれさせるみたいだ。


「そろそろ零士の季節なんだよ。ペルセウス座流星群が見えるから。流星群が肉眼で見えなければいいのに」


 悪七は星を見ると心が安らがないかのように言う。俺に話すのは少なくとも流星群の影響もあるのかもしれない。だが、それ以上センチメンタルな話は御免こうむるといった冷たい口調になって、隣のベンチに腰掛けた。足元に毛虫が落ちていたのが気に入らないらしい。


「零士から何もかもが狂ってきたんだ。零士って一人の人間から問題は派生していく。結論から言うと俺は誰も憎まずに大勢の人間を殺したんだ」


「テレビでやってるよ。六月二十二日。脱線事故。ニュースとちがうところもあってね。あとで話すよ」

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