第14話 どちらが主人

文字数 1,879文字

「ミカエリがいる善見ひいらがどんな活躍をするのか気になるね」

 悪七はひいらのことを快く思っていない。ゲームに巻き込む時点で明らかだ。俺はもっとひいらのことが知りたいと思っていた矢先なのに。

「明日夜の十二時だな?」


「そう。カメラはもう所定の位置に設置してるから、俺達はモニター室で見てればいいだけ。参加者はリョウが気絶させてきて」

 俺は度肝を抜かれて、危うくチキンの軟骨で歯の噛み合わせが上手くいかず、ぐきっと舌を噛んだ。


「俺がかよ」

「カムがいるでしょ。カムを育ててあげれば、得意分野の許容範囲になると思うよ」

「誰を?」


「ネットで呼び集める。リョウが連れてきて倉庫にでも入れといて。郊外にもう使われていない倉庫があってね。買い取り手もないらしくて施錠もされてない。もちろん新しい錠を買って今は戸締りもしっかりしてるよ。買い物は俺が直接行ったわけじゃないから足もつかない。安心しなよ」


「監禁って誘拐じゃねぇか」

 更なる衝撃に打たれて唾が飛ばんばかりに叫んだ。

 口をぱくぱくさせて満足している腹の膨れたミカエリを見つめた。こいつにそんな大それたことをやらせるなんて考えたこともなかった。


「明日まで泊っていってくれてもいいけど、どうする? 狩りは今日中にやってもらわないといけないから。一応そのつもりで鍋にしたんだけど」


 俺はやっと鍋に手をつけはじめた。それでも野菜には手を伸ばさず同じく踊り食いを堪能しようとしたが、一口で飽き飽きしてしまった。眠気に襲われ始めて仮眠を取った。


 神経が高ぶっているのに、たまにあっさりと眠れることがある。心配ごとが多すぎるとどうでもよくなるのと同じだ。鍋の匂いがたまに目を覚まさせて悪七が食器を洗い始める姿がときどき垣間見えた。


 深夜一時の狩りは盛大にやった。まるで、大量殺人に手を染めた感覚だ。実際には二人襲っただけだ。フードで顔を隠して、人通りの少ないところですれ違っただけだ。カムは俺の肩から相手の肩へ手を伸ばしただけで生気を吸い取った。


 目撃証言はあるはずがない。すれ違って勝手に倒れるだけだ。そして、もう一人は別の場所で悪七に呼び出されていたのか、ベンチに座っていたところを通り過ぎざまに襲った。後は、所定の場所へ運ぶだけ。車は盗難車を悪七が用意してくれていた。


 運転はゲームでやったことがあるから何とかなる。倉庫まで運んで後は悪七と合流するだけだったが、トラブル発生だ。カムが必要以上にせがんで来た。


 こんなに興奮したカムを見るのははじめてで、爪を早くも突き立てられた。ここで血を落として証拠にでもなったら大変だから、近くの工事現場に駆け込んだ。深夜、こんなところに人が来るはずがない。しばらく地面にうずくまった。


 今回はゲームのために気絶ですませなければいけなかった。それが高度な命令でリスクがあろうとは思いもよらなかった。カムは「狂気」だ。狂わせることなく気絶ですませるのがカムにとっては高度な命令と取られたのだ。今夜の餌付けは大変な目にあった。


 骨まで砕かれたと思った。それほどの痛みだった。一瞬もんどり打って、叫びそうになったが、歯を食いしばって、しっかり腕を押さえた。カムは当然の権利のように満足げに舌なめずりをした。


 今まで舌なんてなかったのにいつの間に生えたんだ! トカゲみたいな長い舌だった。その舌で俺のうなじを撫でた。満喫した顔をほころばせて、まだ何か言い足りない喜悦があるらしい。一瞬ぞっとして、脳裏にこれまでどうしても閃かなかったような疑問が浮かんだ。


 俺はこいつの主か、奴隷か? どちらがどちらを養っているのかも分からない。俺は満足しているはずなのに。これまでだってそうしてきた。


 だがこのときになって、死んでしまった黒猫のカムパネルラを思い出した。初めてカムを抱いたとき、同じ漆黒の身体のカムパネルラと別のものであると認識できなかったのが不思議だ。そこに不吉を予感し、そこに闇を見た。俺が欲しかったものとは黒ければよかったのか。


 カムを撫でてやった。俺の愛撫には構わず、カムはするすると首に絡みついてきた。心なしか、前より大きくなったようだ。尻尾も伸びて先が二股に分かれている。


 その蛇の舌みたいな尾が、また俺の首筋をつけ狙う。何度も撫でて血管がここにあるのを確かめるように押さえつけては引き伸ばす。医者が注射前に腕を叩いて血管を浮き彫りにする動作に似ている。実際に撫でられたぐらいで血管が浮き出るかは知らないがしだいに、寒気がして固く身を縮めていた。悪七に「やった」とメールを打つ手が震えた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み