第53話 文化祭

文字数 1,605文字

 文化祭の季節になった。弁当箱に柿なんか入れられて、前から嫌いだって言っているのに嫌嫌、持っている。第一、文化祭に弁当は必要ないだろう。


 それに、甚だしいが、俺の学校の文化祭ではない。悪七の学校の文化祭だ。食べ歩きしようと、鶏のからあげと、鶏の軟骨を食べて、持たされた弁当の中身は捨ててしまった。


 悪七はどこにいるかと言えば、野外ステージ裏で、何やら大勢に囲まれて楽しそうに話し込んでいる。髪を白に染めているから誰か分からなかった。


 目だって仕方ない上に悪七の人当たりのよさの実物をはじめて目の当たりにした気がして、とても近づけなかったから、一人黙々と口の中でからあげを転がす。


 カムが不思議そうに俺の首に巻きついてきて、飲み込むときに喉につっかかった錯覚がする。俺は今別人を遠くで眺めている心持がする。それでいて、こっちに優しく目配せするもんだから、不安げに見えないように頭をかいて他人行儀に終止符を打つしかない。


 メタセコヤの木陰に入りながらステージの鉄パイプがぎらぎら光るのを睨んでいた。


 そういえば、俺の学校にもあるメタセコイヤだが、暇つぶしがてらに調べた花言葉が「楽しい思い出」で、それが学校の中庭に埋まっていることに嫌気が差したことを思い出したとたん、木陰から一人一歩踏み出して、太陽に晒された。ふと、ローズマリーの花言葉は何だろうかと思った。


 悪七と線路、ローズマリー、あの場所だけがずっと鍵を握っている。だが、学生の演技前の円陣の掛け声に思考は途切れた。文化祭はすこぶる賑やかで、舞台の周りも各々が好き勝手話すのだが、それが互いに干渉しないのがいいと思った。


 授業中の沈黙の中、各々が集中せず喋り散らす中、俺だけが無言のまま散漫になるのはあまり好きじゃない。俺の学校がおかしいだけかもしれないが。


 てっきり悪七は吹奏楽部だと思い込んでいた。部活の話はしたことがなかった。


 バンドのセッティングになった。ギタリストがまるで意味のない格好ばかりにギターをガンガン鳴らし、俺には突然演奏がはじまったかと思えたがそうではなく、まだ音のチェックだと観客席に自慢気な顔をする。


 俺は絶えず睨みつけていると、とうとう悪七がステージに出てきた。まさか軽音楽をやるとは思わなかった。ギターと同じく無秩序な音を鳴らしているベースの横をさっそうと通り越しキーボードにつく。


 中折れ帽をかぶってベストを羽織りいつもよりお洒落に見える。金髪黒ピアスのボーカルと申し合わせたように目を合わせてにこりと微笑む様はいつも通りでありながら異様だった。ここで悪七目当ての女ファンがステージに群がって俺の場所からは帽子しか見えなくなる。


 前触れもなく激しい音楽が会場を割った。ボーカルのシャウト。それとはどこか不協和音のように響くピアノ。明らかなパンクロック。悪七が優雅に弾く光景ばかり想像していた俺は是非とも最前列で悪七を省みたいと思った。


 ただ場所取りをするには遅すぎた。悪七の帽子だけが波のように左右に揺れときどき縦にも揺れるあたり渾身の力で指を鍵盤に叩きつけていると思う。その表情さえ見られたら何も言うことはないのに。


 ボーカルが観客を煽ってサビでジャンプが始まりとうとうお祭り騒ぎだ。このときには俺は足でリズムを刻んでいた。


 音楽性は悪くないのにあまり好きになれない連中だ。まだ黙々と指をさばくベースの男とは話せるかもしれない。曲はだんだん激しくなり俺は首のヘッドホンを頭にあてがった。


 洋楽を聞き始める。悪七の帽子の動きに合わせて聞いてみるがテンポが合わない。仕方がないからゲームのボス戦のサントラでボリュームを上げた。もはや眼前に広がるお祭り騒ぎは俺を疎外するから仕方がない。


 その後何曲かやってメンバー紹介が始まった。ボーカルもハイカラな名前を名乗る。悪七はというとアルビノとか紹介された。だから髪を染めてきたのか。
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