第35話 線路
文字数 1,347文字
下から吹き上がる熱風が勢いを増していく。
「線路はダメなの! 電車はもう無理なの!」
二本の鉄骨が、線路に見えるなんて考えもしなかった。もしかして、これは分かる人には分かるなにかの暗示なのか。
「とにかく行こう」
私は一歩乗り上げる。先に進むしかないんだから、輪千を何とか奮い立たせないと。輪千の腕を引っ張り上げてもう一方の鉄鋼に上がらせる。既に靴底はホットプレートにつけたような温もりを感じた。輪千は腕を引っ込めたい気持ちを抑えて足を一歩踏み出すが、小刻みに震えている。
「お願い。こんなのは二度と見たくない」
何の話かさっぱり分からないが、輪千の怯えようは異常だった。まさかこれは輪千を狙ったトラップだったのか。
「がんばって、ゆっくり行こう。足が熱くなっても、さっきヤマ君が行ったペースで歩けばなんとかなるから」
とは言っても足を一歩踏み出すのがこんなに大変だとは思わなかった。輪千と手を繋ぐことでバランスが取りづらい。離した方が安全だ。一言離すよと言って離れてからは、自分の綱渡りに夢中なピエロで、周りは見ていられない。
生きるか死ぬか。サーカスでも命綱なしではやらないだろうな。輪千が遅れているのが視界の隅に入るが、がんばってと言うしかない。がんばって。がんばって。虚しく響く自分の言葉。
学校でもこれほど無愛想に誰かを応援したことはない。自分の言葉の無責任さに泣けてくるが、額から零れた汗が目に入って余計なことを考える暇はなくなってきた。
靴底がじゅっという音を立てたので慌てて右足を踏み出す。今度は右足が焦げ臭い。最後は飛ぶようにして向こう側に辿りついた。
「君ならできると思ったよ」
朝月が手を伸ばして私を受け止める。輪千が気がかりになってすぐ振り返る。まだ二メートル離れている。靴に炎が燃え移っている。
「早く!」
輪千にはメガネがずれ落ちかけているのも気にしている余裕がない。滝のような汗は耳から顎へと垂れ下がり、べとべとになった前髪が視界をさらに悪くしている。
「何で、私ばっかり!」涙と汗が交じり合ってぐしょぐしょの顔でこっちに吠えた。
「いいから足だけ動かして」
手を振りながら落ちかけた足を踏み出す。足の指が見えた。靴は既に穴が開いて火傷をしているに違いない。
「こんなとこで死んだらばかみたいじゃない!」
語尾を強めて私は叫んだ。輪千ははっとした表情で、身体のバランスをとった。また一歩踏み出す。最後は飛んだ。でもだめだ。届かない。手を伸ばす。つかむ。想像以上の重さ。
男子達がここぞとばかり一致団結してずり落ちた輪千をつかむ。輪千の両足が燃え上がる。
「上げて! 早く上げて!」
私は必死に叫んだ。輪千の悲鳴と共鳴して絶望的な声に変わる。引き上げた。輪千のスカートまで燃えている。全員で叩いた。私は自分の手に一瞬火がかかるのもひるまず叩いた。そのかいあって十秒足らずで消し止められた。無事だ。
足が焼けただれているが、輪千は強く、泣くことをしなかった。それどころか、怒りに満ちた目で訴えた。
「誰なの。何で脱線事故の再現なんてするの?」
朝月は無言で手っ取り早く輪千の足の状態を見て、男子らで袖をちぎって包帯代わりに巻いてやった。
「君は脱線事故に合ったの?」川口が興味深げに聞いた。
「線路はダメなの! 電車はもう無理なの!」
二本の鉄骨が、線路に見えるなんて考えもしなかった。もしかして、これは分かる人には分かるなにかの暗示なのか。
「とにかく行こう」
私は一歩乗り上げる。先に進むしかないんだから、輪千を何とか奮い立たせないと。輪千の腕を引っ張り上げてもう一方の鉄鋼に上がらせる。既に靴底はホットプレートにつけたような温もりを感じた。輪千は腕を引っ込めたい気持ちを抑えて足を一歩踏み出すが、小刻みに震えている。
「お願い。こんなのは二度と見たくない」
何の話かさっぱり分からないが、輪千の怯えようは異常だった。まさかこれは輪千を狙ったトラップだったのか。
「がんばって、ゆっくり行こう。足が熱くなっても、さっきヤマ君が行ったペースで歩けばなんとかなるから」
とは言っても足を一歩踏み出すのがこんなに大変だとは思わなかった。輪千と手を繋ぐことでバランスが取りづらい。離した方が安全だ。一言離すよと言って離れてからは、自分の綱渡りに夢中なピエロで、周りは見ていられない。
生きるか死ぬか。サーカスでも命綱なしではやらないだろうな。輪千が遅れているのが視界の隅に入るが、がんばってと言うしかない。がんばって。がんばって。虚しく響く自分の言葉。
学校でもこれほど無愛想に誰かを応援したことはない。自分の言葉の無責任さに泣けてくるが、額から零れた汗が目に入って余計なことを考える暇はなくなってきた。
靴底がじゅっという音を立てたので慌てて右足を踏み出す。今度は右足が焦げ臭い。最後は飛ぶようにして向こう側に辿りついた。
「君ならできると思ったよ」
朝月が手を伸ばして私を受け止める。輪千が気がかりになってすぐ振り返る。まだ二メートル離れている。靴に炎が燃え移っている。
「早く!」
輪千にはメガネがずれ落ちかけているのも気にしている余裕がない。滝のような汗は耳から顎へと垂れ下がり、べとべとになった前髪が視界をさらに悪くしている。
「何で、私ばっかり!」涙と汗が交じり合ってぐしょぐしょの顔でこっちに吠えた。
「いいから足だけ動かして」
手を振りながら落ちかけた足を踏み出す。足の指が見えた。靴は既に穴が開いて火傷をしているに違いない。
「こんなとこで死んだらばかみたいじゃない!」
語尾を強めて私は叫んだ。輪千ははっとした表情で、身体のバランスをとった。また一歩踏み出す。最後は飛んだ。でもだめだ。届かない。手を伸ばす。つかむ。想像以上の重さ。
男子達がここぞとばかり一致団結してずり落ちた輪千をつかむ。輪千の両足が燃え上がる。
「上げて! 早く上げて!」
私は必死に叫んだ。輪千の悲鳴と共鳴して絶望的な声に変わる。引き上げた。輪千のスカートまで燃えている。全員で叩いた。私は自分の手に一瞬火がかかるのもひるまず叩いた。そのかいあって十秒足らずで消し止められた。無事だ。
足が焼けただれているが、輪千は強く、泣くことをしなかった。それどころか、怒りに満ちた目で訴えた。
「誰なの。何で脱線事故の再現なんてするの?」
朝月は無言で手っ取り早く輪千の足の状態を見て、男子らで袖をちぎって包帯代わりに巻いてやった。
「君は脱線事故に合ったの?」川口が興味深げに聞いた。