第23話 消えた注射器

文字数 1,337文字

「執行孝次には、悔い改めさせるって書いてたよ」

 執行のような男なら色んなことを恨まれている気がする。それを指摘した川口もさっきまでのもの静かな態度とは一変して射抜くような目をしている。初対面とはいえ、ここに敵対関係のようなものが自然にできつつあった。


「悔い改めさせるって物騒な言い方」


 手紙には脱出の糸口になりそうなものは書かれていなかった。箱には底の方に懐中電灯があった。これを使うときがあるのだろう。だとして、何を試しているのだろう。


 本当にゲーム感覚で行われているのだろうか。若者ばかりを対象に何かの実験? いや、ひいらの脳裏にはやはり狩集リョウの残像が浮かぶ。悪そうな人には見えなかったのに。


 でも、学生が犯人なら、学生ばかりのゲームをするのも納得がいく。


「役に立ちそうなのはこれだけかよ」

 執行がナイフを手にした。そうだ、一番危険な人物に渡してはいけなかった。ナイフなんて物騒だから無意識に最初の箱に置きっぱなしだった。注射器も置いたままだ。いや、消えている。誰かが知らない間に取ったんだ。


「それ、危ないからやめとこうよ」

 またお前かというような目で見られた。また頬がじんじん痛みだした気がした。

「ほっとけ」

 執行はナイフをちらつかせながら一人で部屋を出て行った。


「あんなやつほっといた方がええ。こんな密室で振り回されたらかなわんわ。うちも目光らせとくから離れときや」


 頼もしい言葉にひいらはほっと胸を撫で下ろした気分だった。人は見かけによらずとはこのことだろう。


「シーソーの部屋はどこも開かないのかな?」

「いや、分からん。まだ調べてへんわ。くそ、あいつあっち行きよったやんか」


 ヤマが追いかけていく。

「もう変なやつばっか。何でここにいるわけ。スマホ直らないし。うざいんですけど。今度は何。またドアの絵?」


 ひいらはふたばのスマホを覗き込んだ。鬱陶しく思われてもかまわない、それどころではないから。扉は最初の部屋の扉ではない。隣の部屋のドアの絵だ。風船のマークが飛んできた。


 ドアを風船がすり抜ける。まさか、これはフーのことではないのだろうか。フーを使って、隣の部屋のドアは開くということなのか。やはり犯人はフーのことを熟知している。背中のフーがにっこり笑った気がする。


「携帯借りるね」

「ちょ、あんた何よ。あんたリーダーじゃないでしょ」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ」

「だって手紙に書いてあったじゃん」

「鵜呑みにしたらだめだよ」


 ふたばはむきになってマスカラのきつい目を細めてスマホをひったくった。

「さっきからむかつくんだけど。だいたい、こんなゲームあたしはやりたくないの。さっさとここから出たいわけ。あんたみたいに人を巻き込むやり方むかつくんだよ!」


 巻き込んでいるつもりはなかった。そんなこと自覚したことなかった。協力したかっただけなのに。もしかしていつもキャサリンも私のことをうざいと思っているんだろうか。


「行こうよ。善見さん。何か見つけたんでしょ」

 川口が小声で励ましてくれた。微笑みこそしないが、そっと連れ立って歩いてくれた。


 後ろでふたばが鼻を鳴らしたのが聞こえた。何だか惨めになってきたが、こんなつまらないことで、うじうじしていてもはじまらない。
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