第13話 踊り食い

文字数 1,871文字

 夜、ゲームの最後の打ち合わせをすることになって、悪七が一人暮らししている高級マンションに行った。室内は一人で住むには広すぎる。おまけに、床は大理石だ。


 俺を案内するなり、ずっと流れているCDを止めた。クラッシクを聴いているイメージだったが、実際コンポから流れていたのは、エレクトロニカで少し意外だった。俺の耳に入ったのを悟るとさりげなく音楽を止める持ち前の秘密主義は徹底している。


 鍋の準備をはじめたのは、俺があまりにも偏食家だから好きな具材を入れられるようにということだそうだ。それにしても踊り食いで食べようと調理してくれて、けっこう豪快だなと思った。俺は鍋にはあまり手をつけずに、宅配で頼んだケンタッキーが来るのを待っている。


「さっきのCDは?」

「昔友達が貸してくれた」

 悪七のじゃないのか。返さないのかと尋ねると、わざとらしく困った顔をして引越しちゃったからと言う。「宅配で送ってやれよ」と、言いつつどこまで本当か、怪しんだ。

「そういえばどうだったの? 手は汚せないだろ。簡単には」


 世間話でもするように悪七は話題をそらした。

「いや、俺はできる」

 関心したような面持ちで微笑する悪七。

「だいたい何で知ってるんだよ。見てたのか?」

「直接見たわけじゃないけどね」


「ミカエリか?」

 俺のカムは俺の側から離れられない。正確には目の届く範囲といったところだ。悪七のミカエリも悪七の肩に留まっていることが多いが、もしかしたら離れられるのかもしれない。

「そうだね。でも、こいつじゃないよ」


 まだ身がぴくぴく痙攣しているエビをさっと湯通ししながら、悪七は目を細めた。答える気がなさそうだし、おまけに他のことを考えている。赤く染まって動かなくなったエビをしげしげと眺めながらタレに浸している。


 そのうち二人とも寡黙になった。広いリビングにこうして黙り込んでいると居心地が悪い。両親は地方に大きな家をかまえる由緒正しい家だとか。そのため悪七には決められた婚約者が生まれたときから決まっているらしい。


「ひいらもゲームの参加者に加えるのか?」

 インターホンが鳴った。ケンタッキーだ。悪七がオートロックを解除する。戻ってくると鍋の火を緩めて、タコを入れはじめた。足が鍋から出ようとすると容赦なくはしでつまんで火力の強い箇所にねじ込む。


「ひいらって呼ぶんだ?」

 少しばかり驚きの眼差しで微笑んだ。ケンタッキーの人が最上階まで上がってきたので悪七が玄関を開けてやる。チキンが運ばれてくると俺は早速、皿にも乗せずにかぶりついた。


 そうだ。俺はひいらなんてどうだっていいんだ。覚悟はできてるんだ。カムが俺の腕をかじりはじめた。一瞬、驚いたがいつものことだ。今日も一仕事終わった後だからな。


「おいしい?」

 俺に聞いたのかカムに聞いたのか分からない一言だ。俺もカムも口を動かすのに必死だ。

頬にまでチキンが飛び散る。

「そうだな。俺はきっとお前より悪いやつかもな」


 悪七は眉をひそめた。悪七のことを悪いやつというニュアンスは無関心なようだ。

 頭に閃いた単語は鎖。俺は縛られてる。爽快感に。紙一重で、爽快感を欲するあまりに飢えてるんだ。その爽快感ってのがまた、普通のそれと違って人の上に立つものだ。狩っていると、自分がすごいって思えてくる。


 今まで卑屈だった精神が解放される瞬間だ。俺はどこまでも自由で、どこまでも強いって意識できる。そう強さだ。何よりも俺を輝かせてくれるものがある。


 俺にとっての、勝利は虐げられた精神からの解放で、この上なく自分に酔うことなんだ。誰に対しての勝利でもない。魂を吸い尽くすごとく人が倒れる瞬間に得られるのは、俺が強者になったという快感だ。それだ。今はただそれだけが欲しい。


 俺はガリガリの身体と堆肥した自意識でできていて、ただ心と身体が一致しないんだ。本当はボクサーのような頑強な姿でいたい。


 だから着る服も黒から赤に変えて、どこまでも強さを目指した。だけど、それは見た目だけだ。運動もほどほどにしか続かないし、スポーツ観戦は好きだけど、スポーツをやるわけじゃない。


 狩りさえできればいい。ただそれだけあれば何もいらない。必要なのは俺が強いって自覚できる瞬間と陶酔。そのわずか数分の作業のために全神経捧げる。数分の為に二十四時間待ち続ける。


 朝起きて最初に感じるのは狩りまでまだ十二時間以上あるという絶望。危うく学校生活を放り出しかねない。食事の時間さえ疎ましいから狩りの前に何かを口にすることはあまりない。だけど狩りのことを考えると食が進む。
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