第69話 リョウ

文字数 1,781文字

 タワー目前、橋を渡った先に警察らしきパトカーが来ていた。道中何度も氷の刃で襲われた零士だったが、何とかミカエリの力を借りて突破していた。これ以上真奈美に負担をかけたことはない。真奈美の顔のパズルがまたばらばらになって回り始めた。


 警官は零士を保護した。それも束の間、パトカーは氷の刃物を持った人々に取り囲まれた。

「少年を保護したが、一般市民が道を塞いで通れない」


 無線で警官が連絡したとたん、いきなり無線が氷りはじめた。慌てて手を離した警官だが、間に合わず腕が凍った。


「一旦、降りろ」

 零士を挟む形で護衛警官二人と降りた。腕の凍った警官は痛みに呻いている。が、心配してもいられなくなった。氷の刃を持った人々に囲まれていた。両側の警官が刃の嵐にあった。


 それでも拳銃で空に威嚇射撃をして、道を作った。右の警官は脇腹を刺されて負傷した。左の警官はナイフをはたくべく警棒を振り回している。


 真奈美が先頭を滑るように歩き顔のパズルを完成させる。さほど時間はかからず大音量でスピーカーが歪んだ音を発する。その場にいた人間全ての耳の鼓膜が破れた。耳から血を流して一人ひとり倒れていく。警官までもだ。やはり制御しきれなかった。


「守ってもうてんのに。あだで返してもうたがな。ほんますまんな」

 警官も凍ってしまう。できるだけ人の少ない場所に移動するしかない。


 真奈美にも異変が起きている。真奈美の顔のパズルはずっと繋がっているのに、顔面に陶器が割れたようなひびが走っている。そして、真奈美の髪が白髪まじりになった。


 雪雲が吹きすさぶ中、早足にその場を去った。自分の足跡が点々と残っていく。五分ほど走ると、人の気配がなくなったことに違和感を覚えた。ところどころに氷の彫像がある。


 時間切れで全身が凍った人間が早くも現れ始めた。随分長く走った気がしていたが、一時間も経っていない。が、実際凍った人間が出始めているということは、何人かは時間切れになっているようだ。


 零士は何とも言えない罪悪感を覚えた。自分は加害者ではないが、まるで加担したかのような罪悪感だ。凍った人間の最期は、いかにも普通の日常の写真そのものだったからだ。


 ベンチに座って携帯を見つめる人。彼は、自分の腕がじわじわ凍っていくのをただただ見下ろしていた。そしてその発端となった携帯電話を。


 また、ある女性は公衆電話の中で凍っている。この自分の置かれた絶望的な状況に、誰かに救いを求めていたのだろうか。

 こんな脅しで人の行動は操れるものじゃない。ライも分かっているはず。

「あいつもう許さんで」


 北風まで吹いてきて追い風に乗って突っ走っていると、ビルの谷間から黒い人影が歩いてくるのが見えた。その影が氷のアスファルトの上をまっすぐに伸びてくる。


 危なくジャンプでかわした。その瞬間、影は立体となって大きな鮫の口を開けた。腕を深くえぐった。その口は再び、氷の下に消えて、人影に戻っていく。黒いフードを被った少年、狩集リョウだ。


「あんさん。なにしに来たんな。ライの命令なんか?」

 腕の出血は止まらなかった。何かで縛った方がよさそうだったので、ダウンは放り投げて上着で縛った。


 リョウは機嫌が悪いような、血の気の引いた青い顔をして凄んだ。

「そういう上下関係はない」


 零士は馬鹿らしくなって鼻で笑った。

「ほんまかいな。じゃあライの好きな音楽言うてみーな」

「そ、それは」


 フードに顔を埋めていたのが、頭をひねっているようにも見えて噴き出すところだった。まあ、元々人づきあいが苦手そうな印象はあった。相手が悪七ライなら、なおさら大変だ。

「生前のうちかて、ようあんなんとつきあってたわ。今なら絶対あり得へんわ」


 その言葉にリョウがかっとなってトカゲのミカエリを飛ばしてきた。サメじゃないんかいな。しょーもな。口でっかいから、さっきはびっくりしたわ。


 真奈美は、大きく息を吸い込む。爆音。トカゲのミカエリ本体には影響はなかった。ぶよぶよと音の分だけ波打った。だが、宿主のリョウは今ので、耳が潰れただろう。だが、おかしなことに平然としている。


「耳せんぐらいしてる」

「嘘やん。何のマンガやねん。そんなん普通、役に立つかいな」

「カムが今フィルターになってちょっと和らげたからな。今回は血の量を前払いで増やした。前払いだとこいつ張りきるからな」
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