第32話 モニター

文字数 3,066文字

 モニターには最初の部屋、二つ目のシーソーの部屋。迷路の映像は何個かカメラが別れていて、それぞれ五台のテレビが映している。俺が到着した時点では死体はシーソーで顔を潰された死体だけだったが、今は剛力ふたばの死体が増えた。


 俺が誘拐した一人だ。特に面識はないが、あっさりと殺されてしまった。いや、殺してしまったことになるのだろうか。直接手を下したわけじゃないし、実感もない。


 もう一人、俺が直接誘拐してきたのは、執行だ。顔見知りと言えば、執行と善見ひいらだけだ。悪七は既にいなかったからシーソーの人間が誰なのかも分からない。ただ一つ言えるのは、悪七はゲームを近くまで見に行った。悪七のミカエリはゲームに二匹参戦している。


 俺のカムと違って自分の意志で行動している。どちらも悪七の肩に始終留まる必要がない、悪七いわく上級クラスのミカエリだ。狐の方は氷を自在に操ることが得意なようで、部屋中の氷のトラップはこいつが担当していた。


 悪七の血も必要としていない、今のところは。ゲーム終了後、どうなるかは知らないが。


 俺のカムは落とし穴の罠にだけ送り込んだ。カムは針のような形に変形することを見せてくれた。が、戻って来るなりすぐこれだ。俺の腕は針で刺されて穴だらけだ。ガーゼと包帯をもっとたくさん持ってくればよかった。


 執行をピアノ線の罠にかけてくれたのは悪七だ。女のミカエリだったが、あれ以来お役御免とばかりに出てこない。まあ、執行を裁いてくれただけでも感謝しないと。


 俺は二人を誘拐した後工事現場でぐったりしていたから、指定された場所に運んでから、準備は全く手伝えなかった。思うに、とっくに機械類や、大がかりな仕掛けは済んでいたんだろう。


 執行孝次、あいつは許さない。学校で散々、俺の悪い噂を流している。俺は何もしてないのに。


 あいつは俺そのものが嫌いなんだ。一切話したこともないが、それが返ってお互いに溝を作っているが、俺が口をつぐんでいるのはお前らのせいだ。お前らがいつも見下すような目で校内を歩き回るからいけないんだ。


 俺は関わり合わないように常に目を伏せた。それなのに俺が気に入らないんだ。俺だって気に入らねーよ。陰口ばっか叩きやがって、全部聞こえてんだよ。


 あいつが一人で行動するのは分かっていた。必ず自分から罠にかかるだろう。俺は奴だけでいいんだ。あいつだけだ。あいつだけ見ていればいいんだ。でも、そう言い聞かせてるんだよな。


 実際に執行しか見ていないが、ときどき起きるトラップに肝が冷えているのも確かだ。剛力ふたばが死に、次の部屋では誰が、立ち止まるんだろうか。


 しかし、よくこれだけの人数を誘拐できたな。俺は悪七が掲示板でどんなやり取りをしたか知らない。あいつのことだ、そんな証拠も残さないんだろう。


 でも、どういうわけかトラップの見取り図は今、机の上に親切に置いてある。まあ、片づけもしないといけないしな。今回だいぶカムに血を与えたから、ゲームが終わる頃にはこっちも貧血になっているだろう。


 片づけたらそれこそ、病院行きかもしれない。見取り図を頭に入れてライターで燃やした。証拠隠滅。くすぶった煙の先を眺めていると、すっと白い顔が過ぎった。


 いや、仮面だ。例の狐のミカエリだ。恭しく、それもわざとらしく見えるほどにお辞儀して見せて、悠長で親しげな声をかけられた。

「私はライ様のミカエリのエスです」


「見れば分かる。こんなに上手く喋れるんだな」

 人の立ち振る舞いと変わらないしぐさで、腕を後ろに組む。カムとは大違いだ。それに、エスってドSのSか?

「いえ、心理学でいうところの自我、超自我、エスのエスです。もちろん、名付けたのはライ様ですが」


「フロイトのか」

 と、納得したが、さりげなく心を読まれたことに気づいて、背筋が寒くなった。そういえば、こいつは氷を使うミカエリのようだが。


「言葉を解するミカエリは大勢いますが、自ら話すとなると意志が必要なので。自由意志を持ったミカエリは私だけです」

「女のミカエリは喋らないのか」

「ええ。あれもライ様の命令には絶対服従の格下ですので」


 随分な物言いだな。図が高いっていうか。態度がでかいっていうか。

「私が仮面をつけているのは、ライ様よりも顔が整い過ぎているといけないからです。ライ様は、ああ見えても結構、繊細なんです」


 飼い主に似るっていうことか。様づけで呼ぶのは悪七に対する皮肉に聞こえる。それにしてもこいつ、べらべらお喋りが多い。


「いいのか。こんなところで油売ってて」

 仮にも、控室、監視室、なんとでも呼べる。建設現場の監督室みたいな、蛍光灯も点けず、モニターの明りを頼りに、湯でも沸かすことしかできない、寒々しいコンクリートの部屋。俺も油を売っているが、ミカエリは働いていればいい。


「私は命令に捕らわれないんですよ。代々悪七家に伝わるミカエリは十匹ほどいます。ライ様は実家からミカエリを選んでいつも連れ歩いているんです。私もその一匹ですが。 


 私はライ様個人に憑いていますから、ライ様に選んで頂く必要がないんです」

「自由に動けるなら悪七から離れようとは思わないのか」


「好きでいるんですよ。あなたもそうでしょう。悪七ライは人をも引き寄せ、魅せる何かがあるのではないでしょうか。」


 確かに悪七には人だって引きつける何かがある。じゃあカムも俺に憑いた理由があるのか。カムは何で俺に憑いたんだろう。

「何でカムは俺から離れない。まだ下級だからか」


「あなたが呼び寄せたんでしょう。」


 憎悪がカムを招いたのか。猫のカムを殺してカムに成り代わったってのに、俺はカムを使役していることに腹は立たない。思えば猫のカムパネルラは、いつ消えてしまうとも知れない儚い親友という意味で名づけた。


 ザネリを命がけで助けたカムパネルラみたいに俺はなれないから。そのカムパネルラは文字通り消えてしまった、自己犠牲とはいかずに、カムによって殺された。気が狂って道路に飛び出し、車にひかれて死んだ。


 それからカムパネルラが餌をねだって黒い毛をこすりつけてくる代わりに、カムが腕を這うようになった。


 それにしても何故狐のミカエリは俺に色々教えるんだろうか。

「そう怖い顔しないで下さい。私の親切は不服ですか?」


 当たり前だ。ミカエリと話しているんだ。内容によってはこちらの身だって危険かもしれない。幾ら悪七のミカエリだからって俺を襲わないとは限らない。悪七のミカエリだからこそ危険なんじゃないか。それに狐はたった今、命令に捕らわれないと自分で断言した。


「ライに怒られるんじゃないのか? 俺と喋って」

「確かに。ライ様はこういう無駄話はお嫌いでしょうね。だからこそ話すんじゃないですか。あなたと私だけの秘密にすればいいじゃないですか」


 そんなことされたら俺にも責任があるみたいじゃないか。狐と喋ったことを悪七に報告したら怪訝な顔をするに違いない。おまけに狐からも疎まれたりしたらどうなる? とにかくお喋りはこれまでにしよう。俺はカムだけでも手いっぱいなんだ。まだ、血が止まらない。


「安心して下さい。あなたから血は採りませんし。では私もゲームに戻らなくては。ライ様には私と話したことは秘密ですよ」


 そう念を押された。もしかして狐は、俺のことを困らせて面白がっているのか。悪七の秘密主義には手を焼いていたが、本人の口から聞きたかった。もしかして俺じゃなくて、悪七を困らせたくて秘密を暴露しに来たのかもしれない。あいつも苦労してんだな。
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