第54話 逮捕
文字数 1,331文字
出番が終わっても帰ってこなかったのは、後ろで何やら叫んでいるから、打ち上げムードになっているのかもしれない。全く俺のことなんて眼中にない。
それから十五分はぼーっとしていただろうか。露店で買ったからあげが冷めてしまったころで悪七が三人の友達と連れ立ってやってきた。特に紹介するでもなく、リョウお待たせと呼ばれた。見事に脱色されてしまった髪が、別人になりすぎて近づくほどに違和感がある。
「みんな驚いたって言うけど、またしばらくしたら戻すよ。俺は、代理だったから」
なんだかほっとした気分になる。
「これからみんなでお昼を買ってくるけど」
つまりいっしょに来ないかということだが、俺はあいまいな返事のまま後退してしまった。悪七も分かっていて、三人と行ってしまった。
腰を上げて服についたアリをはらって、ぶらぶら歩いた。校舎内でも何か催し物をやっているが、中に入る気分になれない。第一、一人でぶらついていることが目立つ気がして嫌気が差す。
悪七のバンドのボーカルが慌てて走っている。辺りをしきりに見回して苛ついて携帯を取り出す。
「お前どこにいんだよ。さっきから何回かけたと思ってんだ」
電話の相手が悪七であることを想定してみて俺は笑った。あいつには結局みんな手を焼くだろう。しかし電話の相手は悪七ではない。
「悪七が連れてかれた。早く来い。あぁ? 警察だ。ありゃ覆面パトカーだ。とにかく裏門に来い」言うなり駆けて行った。途中何人か捕まえ同じ言い回しでもって激怒する。
耳を疑った俺は同時に頭からしばらく追いやっていた醜悪な問題に触れ生きた心地がしなかった。うなじを毛虫が這う嫌悪感を抱いた。足がすくみながらも小走りにボーカルの後を追った。
悪七の白い髪が太陽を反射して眩しい。帽子は少しも動じず前を向いて不動だ。両脇に背広の男と私服の男を引き連れて、逮捕現場というよりは悪七が二人を引き連れている。
裏門から出て灰色の車に乗るところで初めて手元が見えた。誰かの上着を手に巻かれている。その下は恐らく手錠だろう。いや、それなら普通顔も隠さないか?
俺の数歩先を行くボーカルが悪七の乗り込んだ車に走りより窓を拳で叩く。その連れは車の進行を妨げようとフロントガラスに石を投げ、一人は道路に寝そべり道を塞ぐ。
裏門から文化祭にやってきた人はこの騒ぎに目を丸くする。居合わせた先生と守衛に羽交い締めにされたボーカルの必死の形相と裏腹に寧ろ清々しいほどの悪七の笑みが見事なコントラストだ。俺は何とか悪七と視線を合わせようと凝視するがあえて悪七は俺を見ようとしない。
口元が僅に心配ないよと動いた。それはボーカルの金髪モヒカン男にやんわりと告げた。
「悪七ー悪七ー!」
ボーカルは興奮して服が脱げかけている。これほどの信望を勝ち得た悪七が満たされない事実が虚しい。またボーカルが俺だったらと重ねてみて尚更胸が痛んだ。
カムなら警察官二人ぐらいの意識なんて容易く狩れるだろう。だが悪七は俺の助けもボーカルの過激な救出劇も望んでいない。静と動どちらも望んでいない。カムが俺の足を伝って熱いアスファルトの上に滑り降りた。
影になってアスファルト上を伸びていく。
「カム待て、駄目だ。絶対駄目だ」
それから十五分はぼーっとしていただろうか。露店で買ったからあげが冷めてしまったころで悪七が三人の友達と連れ立ってやってきた。特に紹介するでもなく、リョウお待たせと呼ばれた。見事に脱色されてしまった髪が、別人になりすぎて近づくほどに違和感がある。
「みんな驚いたって言うけど、またしばらくしたら戻すよ。俺は、代理だったから」
なんだかほっとした気分になる。
「これからみんなでお昼を買ってくるけど」
つまりいっしょに来ないかということだが、俺はあいまいな返事のまま後退してしまった。悪七も分かっていて、三人と行ってしまった。
腰を上げて服についたアリをはらって、ぶらぶら歩いた。校舎内でも何か催し物をやっているが、中に入る気分になれない。第一、一人でぶらついていることが目立つ気がして嫌気が差す。
悪七のバンドのボーカルが慌てて走っている。辺りをしきりに見回して苛ついて携帯を取り出す。
「お前どこにいんだよ。さっきから何回かけたと思ってんだ」
電話の相手が悪七であることを想定してみて俺は笑った。あいつには結局みんな手を焼くだろう。しかし電話の相手は悪七ではない。
「悪七が連れてかれた。早く来い。あぁ? 警察だ。ありゃ覆面パトカーだ。とにかく裏門に来い」言うなり駆けて行った。途中何人か捕まえ同じ言い回しでもって激怒する。
耳を疑った俺は同時に頭からしばらく追いやっていた醜悪な問題に触れ生きた心地がしなかった。うなじを毛虫が這う嫌悪感を抱いた。足がすくみながらも小走りにボーカルの後を追った。
悪七の白い髪が太陽を反射して眩しい。帽子は少しも動じず前を向いて不動だ。両脇に背広の男と私服の男を引き連れて、逮捕現場というよりは悪七が二人を引き連れている。
裏門から出て灰色の車に乗るところで初めて手元が見えた。誰かの上着を手に巻かれている。その下は恐らく手錠だろう。いや、それなら普通顔も隠さないか?
俺の数歩先を行くボーカルが悪七の乗り込んだ車に走りより窓を拳で叩く。その連れは車の進行を妨げようとフロントガラスに石を投げ、一人は道路に寝そべり道を塞ぐ。
裏門から文化祭にやってきた人はこの騒ぎに目を丸くする。居合わせた先生と守衛に羽交い締めにされたボーカルの必死の形相と裏腹に寧ろ清々しいほどの悪七の笑みが見事なコントラストだ。俺は何とか悪七と視線を合わせようと凝視するがあえて悪七は俺を見ようとしない。
口元が僅に心配ないよと動いた。それはボーカルの金髪モヒカン男にやんわりと告げた。
「悪七ー悪七ー!」
ボーカルは興奮して服が脱げかけている。これほどの信望を勝ち得た悪七が満たされない事実が虚しい。またボーカルが俺だったらと重ねてみて尚更胸が痛んだ。
カムなら警察官二人ぐらいの意識なんて容易く狩れるだろう。だが悪七は俺の助けもボーカルの過激な救出劇も望んでいない。静と動どちらも望んでいない。カムが俺の足を伝って熱いアスファルトの上に滑り降りた。
影になってアスファルト上を伸びていく。
「カム待て、駄目だ。絶対駄目だ」