第58話 ミカエリっちゅうんは、そんなもんや
文字数 1,977文字
カムは舌をちろちろと蛇のようにくゆらし、丸い瞳がきらりと光る。雨はゲリラ豪雨のごとく激しく降りつけTシャツは絞れるぐらいに濡れている。雨の鬱陶しさにも増して零士を排除したい気持ちは先を行った。
カムが零士の足元に影を伸ばしたのは必然のことだ。全身で針になって零士を貫くかに思えた。突然甲高いオートチューンを使ったような声がカムの前に立ちはだかる。
零士の中から亡霊のようにすっと現われたのは人ではない人型の何かだ。身体は人であるが、真っ白のワンピースを着ていて素足のままで、顔は光を放っている。眩しくてかろうじて唇があることぐらいしか特徴が分からない。
人ではないが、唇から発せられる奇怪な歌がカムの針をぶよぶよに歪める。
俺も耳を塞いだ。人が出せる声ではない耳を切り裂く音。結局カムは伸びきらず折れ曲がって、ぽんと転がり戻って、俺の足元にべちゃっと水溜まりに塗り広がった。ヒラメのような身体にされたカムは離れた二つの目をぱちくりさせる。
光が収束していき、露になった白いワンピースの少女の顔は、零士のミカエリは、輪千真奈美の姿をしていた。メガネを外して、黒い艶やかな髪でいささか、こんなに美人だったかと疑うが、透き通る瞳が顔の所定の位置に来るには周期がある。
顔はパズルのピースのようにばらばらで流動的に変動しているからだ。顔のパーツが正面でそろったときに、輪千真奈美と分かるのだが、その顔もプロジェクションマッピングしたみたいに火や電車や線路が映ってすぐに表情は見えなくなる。この光景は輪千が目に焼きつけた光景だ。
ミカエリが人型であることに驚きはない。だがどうして輪千真奈美なのだろう。
俺が言葉を失っていると、零士が苦笑して、鼻をさすった。
「ライが俺を生き返らせてんから、俺やってできるわ。でも、見てみ。真奈美には魂なんてあらへん。これがミカエリや。
あんさんやって、いつか痛い目見るで。こんなもんに頼っとったら。特にライは俺の忠告なんて聞きよらへんからなぁ」
ミカエリは輪千を生き返らせることを、自らが輪千に変身することと取り違えたのか。それともわざとなのか。顔に映る脱線事故の光景は輪千にも代償を要求しているようにも見える。
いずれにせよ、これだけで代償はすまないだろう。俺は悪七が零士を生き返らせたことを偉業のごとく捕らえた。例え、零士が敵だとしても。俺は思わずほくそ笑んだ。
悪七のことを知り尽くしている零士でさえ、悪七の存在価値の大きさを認めていない。まるで俺達のことを愚者だと思っているのが甚だしい。
カムは足を生やし元のウーパールーパーに戻った。トカゲになって、尻尾も二つに割れる。
「容赦しないぞ」
輪千真奈美の姿を八つ裂きにされても文句ないはずだ。ミカエリは零士に輪千の姿が傷つくのを代償として見せるだけだ。
カムは突然糸のように細く、ばらばらに広がり、輪千に絡みついた。さながら竜巻を絵に描いたようだ。糸の一本一本は針金のように鋭く、ミキサーにかけられ粉々になるのは請け合いだ。
輪千は全く動じる様子もなくただ、白い顔を更に煌々と光らせた。唇が、難しい英語の発音をするように歯茎を見せて歪む。空気が縮むような耳障りの悪い、こするような機械音が響く。
人の口からとても発せられるはずがない音だ。気持ち悪い音に俺は耳を塞ぐが、塞いだところで鼓膜そのものがどこまでも振動して頭が痛い。カムの糸がまたもや超音波にでも当たったように波打ってばらばらと螺旋状から解けていく。
触れさえすれば意識だって奪えるのに、俺は獲物が思うとおりに動かないことに腹を立てた。おまけに頭も痛くなってきて吐き気も催してきた。
「カム。好きなようにやれ」
俺はナイフを袖から取り出し、包帯の上から傷口をえぐった。これでカムには前払いで代償を払った。後は好き勝手暴れろ。
カムは糸のまま俺の腕に巻きついてきて赤々と光って、血をまとっていく。球体になり、ウニ状の棘になる。俺はそれを素手でつかんで投げた。もちろん手に刺さって吹き出た血も全てカムのものだ。
輪千は一息吸う。口から上が、またパズルのように回転しはじめた。上ずったまま、甲高い悲鳴のような金属音を出す。カムが見えない衝撃波とぶつかり、こっちに飛んできた。
「あっぶね」
カムは避けなかった。そこまでまだ知能がついてないのか、それともなるようにしかならないのか、俺の脇腹をかすめて裏路地の壁にのめり込んだ。蜂の巣のような痕をつけて、ごろんとハリネズミのように落ちる。
いたって本人はけろっとして舌をちろちろ出したが、俺は苛々してカムの針が収まったら、踏みつけてやろうかと思った。
「あんさん、今ので分からへんか? そいつは攻撃に特化してもうて、あんさんのこと守らへんやろ。ミカエリっちゅうんは、そんなもんや」
カムが零士の足元に影を伸ばしたのは必然のことだ。全身で針になって零士を貫くかに思えた。突然甲高いオートチューンを使ったような声がカムの前に立ちはだかる。
零士の中から亡霊のようにすっと現われたのは人ではない人型の何かだ。身体は人であるが、真っ白のワンピースを着ていて素足のままで、顔は光を放っている。眩しくてかろうじて唇があることぐらいしか特徴が分からない。
人ではないが、唇から発せられる奇怪な歌がカムの針をぶよぶよに歪める。
俺も耳を塞いだ。人が出せる声ではない耳を切り裂く音。結局カムは伸びきらず折れ曲がって、ぽんと転がり戻って、俺の足元にべちゃっと水溜まりに塗り広がった。ヒラメのような身体にされたカムは離れた二つの目をぱちくりさせる。
光が収束していき、露になった白いワンピースの少女の顔は、零士のミカエリは、輪千真奈美の姿をしていた。メガネを外して、黒い艶やかな髪でいささか、こんなに美人だったかと疑うが、透き通る瞳が顔の所定の位置に来るには周期がある。
顔はパズルのピースのようにばらばらで流動的に変動しているからだ。顔のパーツが正面でそろったときに、輪千真奈美と分かるのだが、その顔もプロジェクションマッピングしたみたいに火や電車や線路が映ってすぐに表情は見えなくなる。この光景は輪千が目に焼きつけた光景だ。
ミカエリが人型であることに驚きはない。だがどうして輪千真奈美なのだろう。
俺が言葉を失っていると、零士が苦笑して、鼻をさすった。
「ライが俺を生き返らせてんから、俺やってできるわ。でも、見てみ。真奈美には魂なんてあらへん。これがミカエリや。
あんさんやって、いつか痛い目見るで。こんなもんに頼っとったら。特にライは俺の忠告なんて聞きよらへんからなぁ」
ミカエリは輪千を生き返らせることを、自らが輪千に変身することと取り違えたのか。それともわざとなのか。顔に映る脱線事故の光景は輪千にも代償を要求しているようにも見える。
いずれにせよ、これだけで代償はすまないだろう。俺は悪七が零士を生き返らせたことを偉業のごとく捕らえた。例え、零士が敵だとしても。俺は思わずほくそ笑んだ。
悪七のことを知り尽くしている零士でさえ、悪七の存在価値の大きさを認めていない。まるで俺達のことを愚者だと思っているのが甚だしい。
カムは足を生やし元のウーパールーパーに戻った。トカゲになって、尻尾も二つに割れる。
「容赦しないぞ」
輪千真奈美の姿を八つ裂きにされても文句ないはずだ。ミカエリは零士に輪千の姿が傷つくのを代償として見せるだけだ。
カムは突然糸のように細く、ばらばらに広がり、輪千に絡みついた。さながら竜巻を絵に描いたようだ。糸の一本一本は針金のように鋭く、ミキサーにかけられ粉々になるのは請け合いだ。
輪千は全く動じる様子もなくただ、白い顔を更に煌々と光らせた。唇が、難しい英語の発音をするように歯茎を見せて歪む。空気が縮むような耳障りの悪い、こするような機械音が響く。
人の口からとても発せられるはずがない音だ。気持ち悪い音に俺は耳を塞ぐが、塞いだところで鼓膜そのものがどこまでも振動して頭が痛い。カムの糸がまたもや超音波にでも当たったように波打ってばらばらと螺旋状から解けていく。
触れさえすれば意識だって奪えるのに、俺は獲物が思うとおりに動かないことに腹を立てた。おまけに頭も痛くなってきて吐き気も催してきた。
「カム。好きなようにやれ」
俺はナイフを袖から取り出し、包帯の上から傷口をえぐった。これでカムには前払いで代償を払った。後は好き勝手暴れろ。
カムは糸のまま俺の腕に巻きついてきて赤々と光って、血をまとっていく。球体になり、ウニ状の棘になる。俺はそれを素手でつかんで投げた。もちろん手に刺さって吹き出た血も全てカムのものだ。
輪千は一息吸う。口から上が、またパズルのように回転しはじめた。上ずったまま、甲高い悲鳴のような金属音を出す。カムが見えない衝撃波とぶつかり、こっちに飛んできた。
「あっぶね」
カムは避けなかった。そこまでまだ知能がついてないのか、それともなるようにしかならないのか、俺の脇腹をかすめて裏路地の壁にのめり込んだ。蜂の巣のような痕をつけて、ごろんとハリネズミのように落ちる。
いたって本人はけろっとして舌をちろちろ出したが、俺は苛々してカムの針が収まったら、踏みつけてやろうかと思った。
「あんさん、今ので分からへんか? そいつは攻撃に特化してもうて、あんさんのこと守らへんやろ。ミカエリっちゅうんは、そんなもんや」