第28話 ヤマのゲーム

文字数 1,910文字

「あんまり動き回るのは危険だけど、ちょっとだけ進もうか」

 元来た道を戻ってさっきの分岐点、スマホの指示のあった右の通路に入る。

「執行の死体がないから彼は無事に先に進んだみたいだね」

 誰も笑えない。


「掲示板に書き込んで叩かれなかった?」

 川口がヤマの後ろから声をかける。

「え? お、覚えてへんわ。うちは遊びやってんから。アドバイスとかもらったかもしれんけど。でも、そんなんみんなするやろ。ちょっとぐらい叩かれたかて、慣れてもうてて。それに腹立ったら別のID作って別人のふりすればええやろ」


 川口の意気消沈した顔は惨めに見えた。ヤマに何か期待していた様子だった。

「ほんま、人のアイデア盗みよるとか終わってるわ」

「何で君のゲームを盗んだんだろうね。言ったら悪いけど、そこまで独創的ってわけでもないよね」朝月が鋭いナイフのように言葉を放つ。


「ほんま、悪く言ってくれるわ。まあ自覚してんねんけど。完成度は我ながら七十パーセントしかあらへんわ。ほら、知っとるか? 


 あの、名前なんやったかな、あのゲームの機械仕掛けと、あの映画の仕掛けがそっくりや言うてたやんか。このゲームかて、先例と似てまうのはしゃーないやん」


 言い訳めいた言葉を並べてから、ふと思い出したように朝月にこのゲーム知ってるか? と色々聞き始めた。朝月がある程度知っていることに気をよくしたヤマの興奮を少しでも抑えるため、朝月は現実に起こっているゲームの話に戻した。


「もしかしたらここに閉じ込めた犯人はゲーム内容なんてどうでもいいのかもしれないね」


 ヤマは一瞬考えたような顔をしてどっと笑い出した。

「あほか。そんなんやったらゲームやあらへんわ。とにかくや、うちのゲームを盗むなんて犯罪やわ」


「殺す方がもっと犯罪だよ」


 こう言ったひいら本人も驚くほど怒りで震えた。親戚の葬式にも行ったことがないから、人の死がこんなに悲しくなるとは思わなかった。


 ふたばとは今日会っただけだけど、それでもさっきまで動いていて、声も耳に残っているのに、もう動かなくなっている。それも単純な悲しみではなく、理不尽さに対する怒りと、恐怖から、こんなことをした犯人が許せない。


 涙ぐんで、誰かに共感してもらいたいほどの怒りに駆られていたが、こちらを哀れむように見つめてくる川口に気づいた。立ち止まって、何か言おうとして口をすぼめる。どうしたんだろう。


「この世界で生き延びるためには自分を殺し続けるか、他人を殺し続けるかしかないよ」

 重く開いた口からは、憎悪の響きさえあった。ヤマが唖然とする。恨めしそうに睨んでいる川口に歩み寄る。


「あほなこと言いなや。このゲームを容認すんのか。こういうのはな、テレビでやるからええんや。自分らは安全なとこで茶でも飲みながら、おれるからええんや」

「そ、そうじゃないけど」


 全身の毛が逆立つ気がした。川口の悲しげに歪んだ唇がわなわなと震える。ヤマに責められながらも、ずっとこっちを見つめている。そうか。改めて実感した。川口は生と死についてこのゲームがはじまる前から考えていたんだ。


 それは自分の殺し方も含め、他人の殺し方も一度や二度は考えたことがあるに違いなかった。何が川口を追い詰めたのかは分からない。でも、さっき吐いた「殺す方が犯罪」という言葉が川口を傷つけてしまった。


 世間一般論の見方で話してしまったけれど、それが正しい見方だけど、それが人を否定してしまうこともあるんだ。


 だけど、ごめんって簡単な言葉が出なかった。圧倒されて声が出なかった。悲痛に潤んだ瞳がずっとこちらを見据えている。だが、もし川口が裏切り者だとしたらという醜い考えが浮かんだ。


 誰かを疑うべきじゃないけど、もし裏切り者がいたら私達は生きてここを出ることができるだろうか。

 遠くで悲鳴が聞こえた。ほかに誰かいるんだ。てっきり私達だけかと思った。男の怒鳴る声もする。今まさに誰かが襲われている。


「今のは執行君の声だよ」

 川口が呟いた。

「分かんのか?」

「だって怒ってるから。また何かあったらどうするの?」やんわりと早足に駆け出した私達を制止する。


「そんなもん行ってみな分からんわ」

「君が考えたゲームなんじゃないの?」


「なんや、疑ってんのか。じゃあどんな内容やったか教えたる。最初にシーソーで人が死ぬ。その後、針の部屋や。あれは何故か氷の剣山の部屋になってたけどな。その後、壁の穴や。罠だらけなんや。次に来る炎の部屋は実際問題、実現不可能や。水攻めの部屋もな。コストとか技術的な面でも苦労すんで作る側はな」


「ま、困ったときは最終的に君に頼ってもいいってことにしとくよ」朝月が皮肉たっぷりに笑った。
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