第76話 零士と真奈美
文字数 2,186文字
零士は、両腕を鎌に変えた。今はどんなことでもできると、心のどこかで分かっている。真奈美が、こっちをなんでもやればできると言いたげにちらりと見た気がしたが、無表情のままだ。
カマキリのような腕、これは、れっきとした羽だ。これで空気を切ると音が出た。悪七は、それを同じ方法で返した。ライも両手に氷の剣を持っている。それで、斬撃を跳ね返した。
「なんだか、荒っぽくて嫌だな」
「うっさいわ。あんさん、これぐらいじゃ堪えへんやろうから、次のも用意してあるわ」
零士は今度は、両腕を回転させ、風を生む。だが、吹き飛んだのわ、展望台の窓ガラスだけ、そこから、室内の空気が外に吹きぬける。バランスを崩したライの、足元に、今度は大声で叫ぶと、空気の弾が飛ぶ。
だいたい、真奈美ができることは、自分でできるつもりだ。零士は、自分がミカエリであることに少しは、誇りを持てた。自分で大切な真奈美を守れる。寧ろこれが自然な形ではないか。
ライの足に当たった空気弾は見えないものの、鈍い音を立てた。骨でも砕けたか。ライは、そのままあっけなく剣を投げ出して転がる。その瞬間、床一面が凍った。
「その手は読めるで。しっかし、あんさんを警察に突き出しても、しゃーないしなー! ほんま、面倒やわ」
氷が足元を覆う前に近くのカウンターへ飛び乗る。カウンターも、すぐに凍りはじめるが、足をすくわれるようなまねはしない。鎌で机に両手を固定して、大声で叫ぶともう一度特大の衝撃波を繰り出す。我ながら台風を巻き起こしているようで、見ていても、やっていても爽快だ。ライは、氷の壁を作った。
お互いきりがないのは重々承知だが、ここは、一気にけりをつける。壁を切断すべく、鎌で飛び掛る。壁の切れ間からライの穏やかな微笑みが垣間見える。
「でも、君がミカエリとして動けるうちは、姉さんが弱ってるからだよ? 今まで君が普通に人として過ごせたのは、姉のおかげさ。だから、今は姉さんを守る義務があるわけだよね」
「ちょ、お前まさか、自分の姉さん殺る気かいな」
突っ立っている真奈美は、額の傷口から血は止まったものの、青ざめたまま、あまり動ける状態じゃない。
氷の波が真奈美をさらった。あっという間に、身体は波間に浮かぶように固定された。氷で固定しただけで、全身を氷漬けにしないのは、まだ良心があるからか?
「いや、ちゃうな。あんさん、俺を殺すだけじゃ足りんのんか?」
氷の壁を溶かして、白いシャツについた氷の欠片を払いながら、ライは自ら歩み出てきた。
「動いたら殺すってことが、分かってくれてるみたいだね」
ただ、一発顔を殴られただけだ。大したことじゃない。氷の床に転がって、テーブルまで滑った。上に載っていたアイスティーと、封の開いたガムシロップ降ってきて、髪がべとべとだ。
ついで、歩み寄ってきたライが軽くサッカーでもするように脇腹を蹴る。鈍い痛み。案外やわな力じゃない。むせて唾を吐いたついでに、文句を言ってやった。
「しょぼいわ。これが大量殺人者かいな。ミカエリ使いたくないんやろ」
「なら、ナイフにする? 俺はナイフの方が好きなんだけど」
「あんさんは、ミカエリから逃げる方法ばっか考えてるから、うちらに、向き合われへんねや。どうやったら、代償払わんですむか、どうやったら、自分の欲望に飲まれずにおれるんか。そればっか考えて、うちら、人間のことは何も見てへん」
今度は、思い切り腹を踏まれた。だが、その足をつかんで離さない。
さすがに苛立ちが白い顔にちらついたのが、見えた。ここで舌を出して笑ってやると、ライの唇が歪んで、どす黒い声が出てきた。
「何の真似?」
「零士はこんなんやない? ってか。目の前の敵を、ちゃんと見とかんと、えらい目に合うで」
その足をぐるりとひねる。ライがしかめっ面をした瞬間、その足を持ち上げた。今度は、こっちが馬乗りになる番だ。無駄口などたたかず、殴る。右に左に。ライの唇が切れて、赤い血が滲む。だが、ライも両手から氷のナイフを突き出した。
慌てて飛びのいたが、腹に刺さった。幸い浅いからすぐ抜けたが、氷の刃は、無限に沸いてくる。ライの両手にはすでに新たな刃が握られており、それが飛んでくる。でも、それは避ければすむ。挑発に乗って、たくさん氷を使うほど、不利になるのはライだ。
少し間を置いて、わざとらしく節目になったライが、眉をひそめる。まるで、自分のことが自分で分からなくなったというような困惑した顔をしながら、歯茎を見せて無理をしてでも微笑む。
「殺してやる」
自分で呟いた言葉にいささか戸惑いながらも、その醜悪な言葉も悪くないといった表情で、目をぎらつかせている。
「それや、それが感情ってのや。でもな、そんなんじゃ誰も殺されへんねんで」
「いや、君は動いた」
ライの微笑みが普段の能面に戻った。あかん、そう簡単に挑発に乗らない。真奈美の顔が凍る。
「真奈美!」
「そうだな。もって五分かな。君が懺悔すれば別だけどね」
「ふざけんな。うちらが謝ることは何もないわ」
「そうだね。でもこういう理不尽なのも、仕方がないと思うよ。現に俺は理不尽な環境で育ってきた」
「ほんまいい加減にせえ」
蜂の巣にすべく、空気弾、両手でかまいたちと、何でもやった。また、氷の壁。弾切れだ。真奈美が死にかけているからか、もう声も衝撃波も出ない。
カマキリのような腕、これは、れっきとした羽だ。これで空気を切ると音が出た。悪七は、それを同じ方法で返した。ライも両手に氷の剣を持っている。それで、斬撃を跳ね返した。
「なんだか、荒っぽくて嫌だな」
「うっさいわ。あんさん、これぐらいじゃ堪えへんやろうから、次のも用意してあるわ」
零士は今度は、両腕を回転させ、風を生む。だが、吹き飛んだのわ、展望台の窓ガラスだけ、そこから、室内の空気が外に吹きぬける。バランスを崩したライの、足元に、今度は大声で叫ぶと、空気の弾が飛ぶ。
だいたい、真奈美ができることは、自分でできるつもりだ。零士は、自分がミカエリであることに少しは、誇りを持てた。自分で大切な真奈美を守れる。寧ろこれが自然な形ではないか。
ライの足に当たった空気弾は見えないものの、鈍い音を立てた。骨でも砕けたか。ライは、そのままあっけなく剣を投げ出して転がる。その瞬間、床一面が凍った。
「その手は読めるで。しっかし、あんさんを警察に突き出しても、しゃーないしなー! ほんま、面倒やわ」
氷が足元を覆う前に近くのカウンターへ飛び乗る。カウンターも、すぐに凍りはじめるが、足をすくわれるようなまねはしない。鎌で机に両手を固定して、大声で叫ぶともう一度特大の衝撃波を繰り出す。我ながら台風を巻き起こしているようで、見ていても、やっていても爽快だ。ライは、氷の壁を作った。
お互いきりがないのは重々承知だが、ここは、一気にけりをつける。壁を切断すべく、鎌で飛び掛る。壁の切れ間からライの穏やかな微笑みが垣間見える。
「でも、君がミカエリとして動けるうちは、姉さんが弱ってるからだよ? 今まで君が普通に人として過ごせたのは、姉のおかげさ。だから、今は姉さんを守る義務があるわけだよね」
「ちょ、お前まさか、自分の姉さん殺る気かいな」
突っ立っている真奈美は、額の傷口から血は止まったものの、青ざめたまま、あまり動ける状態じゃない。
氷の波が真奈美をさらった。あっという間に、身体は波間に浮かぶように固定された。氷で固定しただけで、全身を氷漬けにしないのは、まだ良心があるからか?
「いや、ちゃうな。あんさん、俺を殺すだけじゃ足りんのんか?」
氷の壁を溶かして、白いシャツについた氷の欠片を払いながら、ライは自ら歩み出てきた。
「動いたら殺すってことが、分かってくれてるみたいだね」
ただ、一発顔を殴られただけだ。大したことじゃない。氷の床に転がって、テーブルまで滑った。上に載っていたアイスティーと、封の開いたガムシロップ降ってきて、髪がべとべとだ。
ついで、歩み寄ってきたライが軽くサッカーでもするように脇腹を蹴る。鈍い痛み。案外やわな力じゃない。むせて唾を吐いたついでに、文句を言ってやった。
「しょぼいわ。これが大量殺人者かいな。ミカエリ使いたくないんやろ」
「なら、ナイフにする? 俺はナイフの方が好きなんだけど」
「あんさんは、ミカエリから逃げる方法ばっか考えてるから、うちらに、向き合われへんねや。どうやったら、代償払わんですむか、どうやったら、自分の欲望に飲まれずにおれるんか。そればっか考えて、うちら、人間のことは何も見てへん」
今度は、思い切り腹を踏まれた。だが、その足をつかんで離さない。
さすがに苛立ちが白い顔にちらついたのが、見えた。ここで舌を出して笑ってやると、ライの唇が歪んで、どす黒い声が出てきた。
「何の真似?」
「零士はこんなんやない? ってか。目の前の敵を、ちゃんと見とかんと、えらい目に合うで」
その足をぐるりとひねる。ライがしかめっ面をした瞬間、その足を持ち上げた。今度は、こっちが馬乗りになる番だ。無駄口などたたかず、殴る。右に左に。ライの唇が切れて、赤い血が滲む。だが、ライも両手から氷のナイフを突き出した。
慌てて飛びのいたが、腹に刺さった。幸い浅いからすぐ抜けたが、氷の刃は、無限に沸いてくる。ライの両手にはすでに新たな刃が握られており、それが飛んでくる。でも、それは避ければすむ。挑発に乗って、たくさん氷を使うほど、不利になるのはライだ。
少し間を置いて、わざとらしく節目になったライが、眉をひそめる。まるで、自分のことが自分で分からなくなったというような困惑した顔をしながら、歯茎を見せて無理をしてでも微笑む。
「殺してやる」
自分で呟いた言葉にいささか戸惑いながらも、その醜悪な言葉も悪くないといった表情で、目をぎらつかせている。
「それや、それが感情ってのや。でもな、そんなんじゃ誰も殺されへんねんで」
「いや、君は動いた」
ライの微笑みが普段の能面に戻った。あかん、そう簡単に挑発に乗らない。真奈美の顔が凍る。
「真奈美!」
「そうだな。もって五分かな。君が懺悔すれば別だけどね」
「ふざけんな。うちらが謝ることは何もないわ」
「そうだね。でもこういう理不尽なのも、仕方がないと思うよ。現に俺は理不尽な環境で育ってきた」
「ほんまいい加減にせえ」
蜂の巣にすべく、空気弾、両手でかまいたちと、何でもやった。また、氷の壁。弾切れだ。真奈美が死にかけているからか、もう声も衝撃波も出ない。