第51話 こじれた関係

文字数 1,850文字

 姉が死に零士(れいじ)もショックを受けていたが、どちらかというと零士が気を使って姉の話題を避けるようになった。零士が姉のことをどこまで好いていたか悪七も分かっていないと言う。


 聞くに聞けなかったようだ。ミカエリで何かを覗き見るということもそのときは避けていた。


「ほんと、零士はお節介でね。最初は謝ってたくせに、俺の心配ばかりしてくれたよ。でも、それが煩わしく思えてきて。よく喧嘩した。ミカエリに頼るのはよくないとか言われたりもしたね」


 二人の喧嘩は、ときに今の悪七からは想像できないほど激しい口論になった。姉が死んで数年が経ってなお、悪七は零士を殺そうという計画を練っていた。


 ミカエリがいればそれも可能だった。俺はふと疑問に浮かんだことを聞いてみた。

「姉さんを生き返らせられないのか」


 悪七が語気を強めた。

「姉を生き返らせないのは、それこそがミカエリが俺に求める苦痛そのものだからだよ。こればっかりはこれから先も変えられない」


 皮肉というしかないが、悪七にとって一番大切なものこそ、ミカエリが求めている見返りなのだ。そうか、ミカエリが血、だけを欲しがらない理由はそこにある。


「本当に必要なものを手に入れたとき、ミカエリは代償に俺の命を取る。自己犠牲が美しいなんて馬鹿馬鹿しいよ」

「お前は自分の命が惜しいのか? 代わりに生き返るとしたらそれは奇跡だ。それだけじゃだめなのか」


 悪七にこんなことを聞くのは無作法であり滑稽だった。だから悪七が拒む理由も何となく分かる気がした。悪七の自己犠牲の絵は神がかりで美的に思えて目頭が熱くなるほどの神々しさがある。それが限りなく善であるなら。

 冷ややかな声で叱責されたのも無理はなかった。


「すれ違うよ、確実に。俺が死に姉、または零士が生き返ってもお互いに会って話す時間なんてないに決まってる」


 期待していた言葉と違った。悪七はただ姉を生き返らせることに意味を見出していない。それだけで奇跡と認めずに何を望むのか。会ってなお、無言でお互いを認め合うだけでは足りないという。再会だけじゃ人は救えないのか。


「黄泉の国から甦る者と逝く者と、入れ替わるだけだからね。そのすれ違う瞬間、何があるのか分からないけど。それにね、姉を復活させることはできないんだ。


 あのときはミカエリも上手く使えなかったし。もう十年前だから。時が経つときっと難しくなると思う。確信はないけれどね。俺は姉を救えなかった」


 俺の怒りと悪七の怒りは似ていて、対象が非なるものだった。狩り続ける対象を失ったら俺はどうなるのだろうか。考えたこともなかった。


「俺は自分のためにしか生きられない。そう思うと零士だって自分の欲求に対して素直に行動したから正しいんだよ。


 俺はもう姉がいなくて寂しくはないよ。誰もが幸せになれない世界が世界のあり方さ。だから幸せ者の零士に君の信じる明るい世界はないって分からせたいんだよ。


 もう仮定の話はやめよう。話が脱線したね。零士は太陽だけど、いつの間にか俺が引きずる大切な思い出まで干渉してくるようになっていたよ。


 姉に変わる幸せを見つけろとか、姉が俺にも進んで欲しいと天国から見てるとか、ありふれたことを言ってね。リョウは分かるよね。俺はこのままでいたい。何故なら誰も姉の代わりはつとまらないから」 



 こいつはやっぱり俺と同じだ。そして、更に高みにいる。その後の展開も何となく予想がついた。


 悪七と零士の関係はどんどんこじれた。極めつけは俺のことが嫌いなら、いっそここで殺してよと悪七が言ったことだ。自暴自棄でありながら、零士を怒らせる一言だった。


 そして零士にこのままですませられないという義務を芽生えさせてしまった。零士の執拗な励ましとも、罵りともつかない交流は続いては絶え、続いては絶えた。


 なにせ中学のことだから、嫌でも顔を毎日のように突き合わす。悪七は金にものを言わせて転校するようなことはしない。


「ちょっとした侮辱のように感じたよ。同時にひどく虚しかったのは、このまま一つの交流が永遠に途絶えるということかな。突き放したんだよ」


 一人の人間から切り離されることが世界から切り取られるように感じたのは生まれてはじめてだったという。


「零士の顔をずっと見つめているとね。その怒りの表情が呆れにも似た冷たい表情になったよ。結局、零士も敵だった」


 とうとう声が凄んだのは、零士でさえ、行き交う無数の赤の他人に見え始めたことを自覚したときだ。いよいよ話は零士を死に誘う脱線事故へ及ぶ。

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