第88話 救出劇の裏事情

文字数 1,526文字

「京橋テクノサービス」社長室。

警察庁生活安全局の佐伯警視正と「テクノサービス」の社長・高山ミレが話している。

高山社長、今回は、宝生元警部とその配下の命を救っていただき、感謝している。
人を脅迫して危ない橋を渡らせておいて、「感謝」も何も、ないものだわ?

これで、うちの会社はCIAと国防総省を、つまり、アメリカ政府を敵に回したかもしれないのですよ。

警察庁は「脅迫」などしない。「京橋テクノサービス」に対して行政指導をしただけだ。
警視正は、CIAの非合法破壊活動は目に余ると考えていた。

しかし、ご自身がCIAと事を構えると、警察庁警備局から横やりが入るかもしれない。だから、私たち民間企業を前面に立たせた。宝生にも同じことをさせたのではないですか?

今回の一連の事件で、宝生・元警部は、つねに彼女自身の意志で行動していた。その行動の一部が結果として我々を助けたことは、事実だがね。
私は警視正の「行政指導」を受けて、当社の医療スタッフを宝生たちの救助に送り、当社の医療施設で治療しました。ですが、それについて誰かに尋ねられたら「私自身の意志でしたこと」と答えろということですか?
高山社長、2016年の「不正競争防止法」改正以降、我々警察が、「営業秘密侵害事案」の取締まりを強化してきたのはご存じのことと思う。これは、経済産業省、外務省が志向している方向でもある。
そのためには、企業や研究機関に警察庁のスパイを送り込むことも厭わない。
企業も研究機関も、いまだに「営業秘密侵害事案」が親告罪だった時代の感覚を引きずっていて、機密漏洩と産業スパイの実態を我々警察に報告せず内々で片付けようとする。彼らがそういう姿勢のままであるなら、我々が彼らの中にスパイを放って機密漏洩と産業スパイを立件していくしかない。
そのような警察の方針と、企業の依頼で機密漏洩と産業スパイ事件を内密に処理する私どものビジネスは相いれない。つまり、警察庁は、私たちを廃業に追い込むお考えである。
杓子定規に考えると、そういうことになる。だが、私は杓子定規な人間ではない。せっかく産業スパイ狩りのノウハウと人材を蓄積してきた企業を潰すことが国益に敵うとは思わない。あなたの会社と我々がウィン・ウィンになれる道を探りたいと考えている。
私たちに、警察の下請けになれとおっしゃるのですか?
「下請け」? とんでもない。対等なパートナー関係を築いていこうと提案しているのだ。
考えさせていただきます。
結構。だが、考える時間が無限にあるわけではない……ということを、お忘れなきよう。
佐伯が社長室を出ていく。

社長室の続きの間から専務が現れた。

佐伯警視正は、我々のビジネスを廃業に追い込むつもりですかね。
まさか! 口先の脅しに過ぎないわ。警察が、私たちと同じくらいの情報ネットワークを自力で作るのにどれだけ時間がかかると思う?
10年、いや20年かけても、無理かもしれませんね。
でしょう。だから、警察は、私たちを頼るしかない。私たちは、彼らと出来るだけ有利な形で取引することだけを考えていればいいのよ。
それにしても、なぜ、佐伯警視正は、宝生の命を救うことにあれほどこだわったのでしょう? 警視庁時代、上司と部下の関係だったそうですが、「出来てた」のですかね?
そういう昭和な「下種の勘ぐり」はおよしなさい。佐伯警視正は、純粋に宝生に敬意を持っているから、死なせたくないと考えたのよ。彼が宝生に一目置くのは、わかる気がする。私にとっては、あの子は、使い勝手のいいコマに過ぎなかったけどね。佐伯警視正は、表面は威圧的だけど、根は、案外ナイーヴなの。そこが、こっちにとっては、つけ込みやすいところ。あなたも、覚えておくといいわ。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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