第15話 人質 

文字数 1,858文字

宝生さん、クライエントに顔出すなら、「今日のプレゼント」確認してからの方がいいっすよ。
慧子さんとアオイさんは急いでいらっしゃるはず。お二人をお届けしてからにしましょう。
私たちでしたら、お構いなく。今から2時間以内にクライエントに会えれば結構です。
では、お言葉に甘えて寄り道させていただきます。
「今日のプレゼント」ってなんだ?
ボクらとクライエントの間ではスマホ、メールは禁止です。直接会う機会も出来るだけ少なくします。
それじゃ、連絡の取りようがないじゃん。
都内に何ヵ所か秘密のポストを作って、そこで情報交換するんです。ポストって言っても、木の洞とかベンチの裏側とかですけど。
電子的監視網を避けるために、古典的な「デッド・ドロップ」方式を使っているのね。
コータローが大都会の真ん中の小さな公園でクルマを止めた。世津奈がクルマを降りて公園に入っった。2、3分後、世津奈が緊張した面持ちで戻ってきた。マイクロレコーダーのようなものを手にしている。コータローの表情が曇る。
(慧子の耳元で)なんか、雲行きが怪しそうだな。
クルマに乗り込んだ世津奈はレコーダーを2、3分イヤフォンで聴いてから、コータローにカーステレオにつなぐよう命じた。
「『顧みられない熱帯病』と闘う会」の田中です。うちの片瀬洋子が何者かにさらわれました。片瀬を殺されたくなければ和倉さんを差し出せという要求がきました。
カーステレオに付属の声紋鑑定装置でチェックしました。田中さんに間違いありません。
人質交換は、今日の午後七時に湾岸再開発予定地の廃倉庫街との事です。廃倉庫街の住所は……
冗談じゃない! 片瀬洋子なんて、私は見たことも聞いたこともない。なんで赤の他人の身代わりにならなきゃいけないんだ。
和倉さん、久しぶりに口を開いたら、ケチなことを言うねぇ。
家族や親しい友人を人質に取らないと脅迫の効果が弱いのは、事実です。
片瀬さんって、和倉さんの件にどう関わってるの?
片瀬さんは、「『顧みられない熱帯病』と闘う会」側でボクたちの窓口をしている人です。
世津奈さんたちにとっては、大切なお客様なわけだ。誘拐者は、世津奈さん達にプレッシャーをかけて和倉さんを差し出させようとしているのね。
私は絶対に応じないぞ。私は「闘う会」ではなくエウケ・レレを選んだのだ。「闘う会」とは無縁だ。「闘う会」に雇われた君らに何の義理もない。
あんたが新薬の機密をもらしたから、片瀬さんは人質になったんだ。あんたには責任がある。責任を取って、片瀬さんの代わりに身を差し出せ。

(慧子に向かって)アオイさんの論理って、おかしくないすか?
アオイのロジックが変なのは、いつものことだから。でも、人ひとりの命がかかっているのだから、人質交換に応じるしかないと思う。
和倉さん、ここはひとつ、お願いします。
ダメだ、絶対に嫌だ。
そうですか。では、仕方ないですね。和倉さんが創生ファーマの企業機密を産業スパイに売ったことを警察に告発します。
何だって!君たちは、普段は企業のために働いているのだろう。企業は機密漏洩を表ざたにしたくないから警察ではなくて君たち探偵を雇うんだ。君たちが企業の機密漏洩を警察に告発したら、信用失墜して商売できなくなるぞ。
それを言うなら、和倉さん、あんたは「創生ファーマ」の機密情報を売ったところで、研究者生命が終わってるじゃん。
どうせ、私たちは、恥知らずの、腐った、汚い人間の集まりです。だから、せめて人命優先を貫きます。以上、ピリオド。

(コータローの耳元で)和倉さんの人命は優先しなくていいの?
開き直った時の宝生さんの論理のいい加減さは、アオイさんとイイ勝負だと思います。それに、誘拐者は和倉さんに例の新薬を作らせたがっている可能性が高いじゃないすか。和倉さんが殺される恐れはないと宝生さんは思ってますよ。
でも、片瀬さんを人質に取っているのが創生ファーマと闇取引していた「肉屋」だったら、和倉さんを口封じに殺すかもしれないわよ
おっ、そうきますか。

う~ん、片瀬さんはいわゆる無辜の命で、和倉さんは企業機密を売ったから無辜とは言い難い。だから優先順位の置き方が変わってくるんです。

片瀬さんが本当にイノセントだって保証もないじゃない。
理屈っぽい人だなぁ……ボクらは生身の人間です。すべてにおいて首尾一貫する力はない。恣意的に行動して失敗したらその罪を背負って生きる。そう覚悟するしかない場面だってあるんです。

腹をくくって居直れってことね。

いいねぇ。あたしは、そういうやり方が大好きだよ。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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