第68話 「アジア基礎科学振興センター」襲撃

文字数 3,843文字

各国大使館が点在する落ち着いた都心の一画。アオイたち5人を乗せた大型のワンボックスカーが停まっている。運転席にM、二列目シートにアオイと慧子、3列目に世津奈とコータロ―という配置。5人は、通りの反対側にある古びた4階建てのビルを見つめている。
あんなオンボロビルが、米軍から日本の大学への補助金を仕切っている「アジア基礎科学振興センター」なのか?
やっている事の性格上、地味で目立たない建物の方がいいのでしょう。
ここは大使館はじめ都心の米国関連施設に近くて、立地的には最高っす。
あの建物の敷地内はアメリカ合衆国。日本の司法の手は及ばない。
米軍基地内と同じで、治外法権ってやつね。
警備員は日本人であっても米国法が適用されるので武装しているはずです。私たちが不法侵入者として射殺されても、日本の警察は手が出せません。
元々警察の世話になる気なんかない。まして、死体になってから捜査に来てもらっても、屁のツッパリにもならない。あたしは、生きてるうちに、自分で自分の身を守る。
では、始めましょう。私はクルマを建物の右手の側道に停めて待機します。慧子さんとアオイさんは建物に入ってプラット博士を確保。
アオイと慧子がうなずく。
慧子さんとアオイさんがプラット博士を確保したら、世津奈さんとコータローさんが建物に侵入して慧子さん達の脱出を援護。私は「振興センター」の前にクルマをつけて、全員を回収します。
アオイ、慧子、世津奈、コータローがハンズフリーのスマホをMのスマホと通話状態にする。


慧子がヒップホルスターの自動拳銃を取り出し弾倉内にプラスチック弾が全弾装填されているのを確かめ、遊底をスライドさせて初弾をチェンバーに送り込み、ホルスターに戻す。ビジネスパンツに隠れたアンクルホルスターに差した小型のリボルバーも装填済なのを確かめる。


世津奈とコータローも同じように火器を点検する。


「M」は拳銃ながらマシンピストルのようにフルオートで連射できるベレッタM951Rを2丁、助手席に置いた。


慧子がアタッシェケースを手に取る。いかにも重要な書類が入っていそうに見えるが、中身は空っぽだ。

じゃ、ショーの始まりだ。
アオイと慧子が並んで「アジア基礎科学振興センター」の正面玄関に近づく。自動ドアをくぐると正面に受付デスクがあり、日本人の風貌をしたスーツ姿の男性が一人座っている。その後ろに、同じく日本人に見え、スーツを着た男性が腰の後ろに手を組んで立っている。

二人とも銃を持っているはずだ。日系米人の軍人かもしれないし、武装した日本人の警備員かもしれない。

慧子が着座している男に話しかける。

常盤工業大学の国東と山科です。10時半にプラット博士からアポイントをいただいています。
デスクについている男が手元のノートパソコンを操作する。男が不審げな目を慧子に向ける。
プラット博士には、10時半の面会予定はない。
それは、おかしいです。私たちは、確かに10時半に予約をいただきました。プラット博士にご確認ください。
受付の男性が渋い顔をする。慧子がとっておきの笑顔で男に頼み込み、その横でアオイがペコリと頭を下げる。
男が内線電話を取った。
プラット博士、お忙しい所を恐縮です。受付に10時半にアポイントがあると言って日本人女性が二人来ています。常盤工業大学の人間だと言っています……はい、そうですか……わかりました。
男が電話を置き、明らかに不審者を見る目で慧子を見た。アオイは立っている男が腕組みを解くのを見た。
プラット博士は、そのようなアポはないと言っている。
アポはないけど、博士はいらっしゃった。それがわかれば、結構です。
慧子がホルスターから銃を抜き、デスクの男につきつける。後ろで立っている男の手が腰のホルスターに触れるより早くアオイが放電し、男を後方に弾き飛ばす。アオイは続けてデスクの男に手を伸ばし接触放電するが、男は気を失う前にテーブル下の非常ボタンを押していた。ビル内にジリジリジリと警報が響き始める。
大丈夫、警報を鳴らされるのは想定内。急いでプラット博士を連れ出すわよ。
アオイと慧子は階段を駆け上る。プラット博士のオフィスは2階の東の端にあると、霧島教授から訊き出してある。

二人が2階につくと、廊下の端に赤毛の大男が立って銃を向けてきた。アオイの身体から青白い電光がほとばしり、男を後方に弾き飛ばす。

アオイは、ここで他の連中を食い止めて。私は、プラット博士を連れ出してくる。
慧子は銃を構えて、プラット博士の名前を掲げたドアをけ破る。素早く室内を見回すが、人影がない。クローゼットの中とトイレを見るが、そこにも博士はいない。
受付の男にだまされたか?
廊下に戻る慧子。アオイが倒した男の顔が慧子の目に留まる。男に駆け寄る慧子。霧島教授はプラット博士を額に傷跡のある赤毛の大男だと言っていたが、慧子の前で倒れている男の容貌はまさにその通りだった。
(心の中で)博士みずから応戦しようとして、アオイの返り討ちに遭ったわけね。銃を突き付けて歩かせる計画だったのに、気絶されてしまった。しかも、この大男を私とアオイだけでは運び切れない。
廊下が青白い光に包まれた。アオイが接近してくる敵に放電を始めたのだ。
慧子は、「M」とつながったままのスマホで応援を要請する。
世津奈さんとコータロー君を2階に上げてください。プラット博士が気絶して、私とアオイだけでは動かせません。
わかった。今すぐ、二人を「センター」に突入させる。
「M」が、「センター」の外の通りで待機していた世津奈に状況を伝え、応援を指示する。

世津奈が銃を抜いて、コータローに声をかける。

私は1階の玄関を確保する。コー君は2回に上がってプラット博士を担ぎ出して。
了解っす!
1階に敵の姿はなかった。2階に殺到しているのだろう。2階に通じる階段の奥が青白く光って見える。アオイが敵と交戦中なのだ。
コー君を上に上げます。アオイさんの放電の一時停止をお願いします。
「M」から慧子に指示がくる。
アオイ、放電中止。コータロー君が上がってくる。
しかし、連続放電中のアオイには慧子の声が届かない。

慧子はアオイに向かって駆け出し、後ろからタックルしてアオイを床に押し倒した。アオイの放電が止まるが、慧子は放電中のアオイに触れたショックで気を失ってしまう。

げっ、慧子、なにやってんだ! おい、大丈夫か?
アオイさん、応援に来ました。えっ、慧子さん、撃たれちゃったんすか?
撃たれちゃいない。放電中のあたしとぶつかったんだ。
ボクはプラット博士を担ぎ出します。アオイさんは、慧子さんを連れて1階に降りてください。宝生さんが出口を確保してます。
アオイはぐったり力を失った慧子を背負う。身長158センチのアオイが175センチの慧子を背負うと慧子の脚が床についてしまう。アオイは慧子を自分の背中にもたせかけて引きずるような形で階段を降りていく。
「M」さん、慧子さんが負傷。アオイさんが背負って降りてきます。私はアオイさんに代わって2階の援護に回ります。出口をお願いします。
わかった。今すぐ、クルマを乗り付ける。
「M」が「センター」の玄関前にワンボックスカーを乗り付け、サイドのスライドドアを開ける。助手席のシートからフルオート射撃ができるベレッタM951Rを取り上げる。
世津奈が階段を駆け上がると、コータローが2人の男にマシンピストルをつきつけられ、プラット博士を床に下ろして両手を挙げようとしていた。
コー君、伏せて!
世津奈が男たちの頭にプラスチック弾を浴びせる。

男たちが倒れる間に、3階から駆け下りてきた男が世津奈の背後に迫る。

宝生さん、伏せて!
コータローが男を撃ち倒す。
「M」さんがクルマをつけて待ってる。私が援護するから、プラット博士を背負って下へ。
コータローがプラット博士を背負い直し、階段に向かって走る。世津奈は、階段の手すりの陰から、3階から降りてくる敵に銃弾を浴びせる。
コータローと入れ替わりにアオイが駆け上がってきた。
世津奈さん、ここは、あたしに任せて、早く下へ。
マシンピストルを持って階段を駆け下りてきた3人の男めがけてアオイが放電する。3人が階段を転げ落ちる。さらに、その後ろから2人。これも放電でなぎ倒す。
1階では、コータローがプラット博士をワンボックスカーに担ぎ入れていた。前方から黒塗りのSUVが接近してくる。センターラインを大きくはみ出して、ワンボックスの鼻先をふさぐように止まった。
これでも、食らいなさい。
「M」がSUVのフロントガラスに向けてベレッタM951Rのフルオートの一斉射を浴びせる。フロントガラスの上でプラスチック弾の火花が散る。中の男たちはひるんで出てくることができない。「M」は助手席からM951Rをもう一丁取り上げて、さらに一斉射を浴びせる。

玄関から飛び出してきた世津奈がSUVのサイドウィンドウめがけて撃ちまくり、敵を車中にくぎ付けにする。

アオイが玄関から顔を出す。
ウジャウジャ出てくるから、手間取っちまった。
世津奈さん、ここはあたしが引き受ける。早く、クルマに乗んな!
「M」がベレッタM951Rのフルオート連射でSUVで乗り付けた連中を威嚇し続ける中、世津奈がクルマに飛び込む。世津奈は玄関に銃を向け、アオイに向かって叫ぶ。
アオイさん、援護します。クルマに乗って!
アオイがクルマに飛びこむと、「M」がハンドルを右に切ってSUVをよけながら、アクセルを踏み込んだ。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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