第83話 CIAの釣り出しに成功

文字数 2,551文字

慧子は、「M」からスマホを借り、決戦場に選んだグラウンド近辺の最新の天気予報を確かめた。5時間後から雨脚が強くなり、7時間後には豪雨になると予想されていた。慧子はアラームを4時間後に設定し、寝袋に入った。しかし、寝過ごすのが心配で、眠りにつけない。
(心の中で)参ったわね。昔から、目覚ましをかけると寝付けなくなる。
慧子は、寝袋から出て仲間を見て回る。コータローは、床の上で世津奈にかけてもらったバスタオルを抱きしめ、大きな寝息を立てている。世津奈は大人しく寝袋に納まっって、すやすや眠っている。「M」は自室のベッドで寝ていたが、かすかにいびきをかいていた。
(心の中で)あら、「M」さんって、いびきをかくんだ。ちょっと、意外ね。みんな熟睡しているようだから、私独り眠れなくても、戦闘の方は大丈夫そうね。
慧子は、バスルームからバスタオルを持ち出して、丸出しになっているコータローの肩の上に賭けてやった。
(心の中で)私も、とにかく横になって身体だけを少しでも休ませしょう。
3時間半後、慧子は、耳元のアラーム音で、床から跳ね上がりそうになった。他の仲間を起こさないよう、急いでアラームを止める。
(心の中で)あら、いやだ。眠れなくてもいいやと居直ったら、いつの間にか熟睡していたみたい。
慧子は、立ち上げたままになっている「M」のパソコンの前に腰かけ、霧島教授を売り込むメールを、あらかじめ決めておいた海外の3つのサーバー経由で「クリムゾン・タイガー」に送信した
いつの間にか、世津奈が起き出してきて、隣に立っていた。
「M」さんとコータローも起こしましょうか?
今のメールをNSAが発見して、この「隠れ家」から発信されたことを解明するのに30分はかかる。それからCIAが襲来するまで10分から30分くらいかしら。
最短で40分後には、CIAが襲ってきますね。パワード・スーツの装着に手間取るかもしれません。「M」さんとコータローを起こします。
お願いするわ。
10分後、コータローが眠い目をこすりながら、パワード・スーツの装着に四苦八苦していた。
宝生さん、ボクは、パワード・スーツなしでいいっす。だって、ボク、ドライバーっすよ。こんなもの着てたら、身動き不自由で、ボクの天才的なドライビング・スキルを発揮できないっす。
山越えのワインディング・ロードを攻めるわけじゃない。CIAの尾行をまこうとする振りはするけど、本当にまく必要はない。したがって、コー君の天才的なハンドルさばきの出番はないの。パワード・スーツを着て制約されているくらいで、丁度なのよ。
すでにパワード・スーツの装着を終え、スーツ付属のホルスターに護身用の拳銃を収めていた「M」がコータローに声をかけた。
コータローさん、私が手伝うわ。ちょっとしたコツがあるの。それさえ掴んだら、後は、らくらくと着脱できるわよ。
コータローにパワード・スーツを装着させ終えると、「M」は自分のタブレットの電源を入れた。「隠れ家」の四方に置いてある監視ロボットが送ってくる映像が画面に現れる。
CIAさんがおいでなさったら、監視ロボットが教えてくれます。私たちは、霧島博士を連れてワンボックスカーに乗り込んで待機しましょう。
え~っ、もうクルマに移動するんすか。CIAがなかなか来なくて、待ってる間にオシッコしたくなったら、どうするんすか?
そういう時は、これ。
世津奈が、コータローの鼻先に携行トイレをつきつけた。交通渋滞に備えてドライバーが用意するアレだ。
うへぇ~、これを使うんすか? みんな、ボクがなにしてるとこ、見ないでくださいよ。
慧子は「そういう悪趣味な人間は、ここには、いない」と言いかけて、止めた。言ってしまうと、コータローの自尊心(歪んだものではあるが)を傷つけるような気がした。
50分後、「M」のタブレットが警告音を発した。
いよいよ、CIAの登場かしら?
「M」がタブレット画面に目を凝らす。そこには、監視ロボットではなくもともと「隠れ家」の屋上に設置されていた監視カメラが捉えた映像が映っていた。外では、強い雨が降り出している。白い雨しぶきを立てるアスファルトの道を、オレンジ便の宅配トラックが3台続いて「隠れ家」に迫っていた。
私たちは、通販で何も買っていないし、荷物の発送も頼んでいません。
CIAですね。ニセの宅配便トラックを使っているのは、ロボット兵器を運ぶために違いありません。
「隠れ家」は柵で囲まれた15メートル四方の敷地の北西の角に建っている。CIAのニセ宅配便トラックが迫ってくる正面ゲートから見ると、左奥に位置する。

「M」たち5人が乗ったワンボックスカーが隠れている車庫の出入り口は、正面ゲートからみて見て右90度方向を向いている。

CIAは正面ゲートを突破して入ってくるつもりよ。車庫のゲートを開けるから、コータローさん、クルマを出してください。
「M」がタブレットを操作すると、目の前で車庫のゲートが開いた。

コータローがアクセルを踏んでワンボックスカーを車庫から出すと左に急ハンドルを切ってワンボックスの後尾を正面ゲートに向けた。

みんな、伏せて。
呆然としている霧島博士を、世津奈がシートの上に押し倒す。


タカタカという軽快なマシンピストルの発射音とともに、後部ガラスとフロントガラスに次々と穴があき、ガラスの破片が伏せている5人の身体に降りかかった。


霧島教授が悲鳴を上げる。

前方のフェンスを爆破します。
「M」が伏せたままタブレットを操作すると、前方でドンという爆発音がした。


コータローが頭を上げて前方を見る。フェンスが、ちょうどクルマ1台が通り抜けられる幅にわたって吹き飛ばされていた。コータローはアクセルを踏み込んだ。


後ろからCIAの銃弾を浴びながら、ワンボックスカーが「隠れ家」の横を通る狭い道に飛び出す。

飛ばしますよ。伏せたまま、頑張ってください。
コータローの言葉通り、ワンボックスカーが急加速した。
10分後……
通行量の多い公道に出た。CIAの3台はついてきているけど、撃ってはこないわね。
さすがに、日本の警察を引き寄せやすい行動は控えているようです。
計画通り、作戦を進められますね。
アオイに作戦進行中と伝えます。
慧子が、ポケベルでアオイにサインを送った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色