慧子は、「M」からスマホを借り、決戦場に選んだグラウンド近辺の最新の天気予報を確かめた。5時間後から雨脚が強くなり、7時間後には豪雨になると予想されていた。慧子はアラームを4時間後に設定し、寝袋に入った。しかし、寝過ごすのが心配で、眠りにつけない。
(心の中で)参ったわね。昔から、目覚ましをかけると寝付けなくなる。
慧子は、寝袋から出て仲間を見て回る。コータローは、床の上で世津奈にかけてもらったバスタオルを抱きしめ、大きな寝息を立てている。世津奈は大人しく寝袋に納まっって、すやすや眠っている。「M」は自室のベッドで寝ていたが、かすかにいびきをかいていた。
(心の中で)あら、「M」さんって、いびきをかくんだ。ちょっと、意外ね。みんな熟睡しているようだから、私独り眠れなくても、戦闘の方は大丈夫そうね。
慧子は、バスルームからバスタオルを持ち出して、丸出しになっているコータローの肩の上に賭けてやった。
(心の中で)私も、とにかく横になって身体だけを少しでも休ませしょう。
3時間半後、慧子は、耳元のアラーム音で、床から跳ね上がりそうになった。他の仲間を起こさないよう、急いでアラームを止める。
(心の中で)あら、いやだ。眠れなくてもいいやと居直ったら、いつの間にか熟睡していたみたい。
慧子は、立ち上げたままになっている「M」のパソコンの前に腰かけ、霧島教授を売り込むメールを、あらかじめ決めておいた海外の3つのサーバー経由で「クリムゾン・タイガー」に送信した
いつの間にか、世津奈が起き出してきて、隣に立っていた。
今のメールをNSAが発見して、この「隠れ家」から発信されたことを解明するのに30分はかかる。それからCIAが襲来するまで10分から30分くらいかしら。
最短で40分後には、CIAが襲ってきますね。パワード・スーツの装着に手間取るかもしれません。「M」さんとコータローを起こします。
10分後、コータローが眠い目をこすりながら、パワード・スーツの装着に四苦八苦していた。
宝生さん、ボクは、パワード・スーツなしでいいっす。だって、ボク、ドライバーっすよ。こんなもの着てたら、身動き不自由で、ボクの天才的なドライビング・スキルを発揮できないっす。
山越えのワインディング・ロードを攻めるわけじゃない。CIAの尾行をまこうとする振りはするけど、本当にまく必要はない。したがって、コー君の天才的なハンドルさばきの出番はないの。パワード・スーツを着て制約されているくらいで、丁度なのよ。
すでにパワード・スーツの装着を終え、スーツ付属のホルスターに護身用の拳銃を収めていた「M」がコータローに声をかけた。
コータローさん、私が手伝うわ。ちょっとしたコツがあるの。それさえ掴んだら、後は、らくらくと着脱できるわよ。
コータローにパワード・スーツを装着させ終えると、「M」は自分のタブレットの電源を入れた。「隠れ家」の四方に置いてある監視ロボットが送ってくる映像が画面に現れる。
CIAさんがおいでなさったら、監視ロボットが教えてくれます。私たちは、霧島博士を連れてワンボックスカーに乗り込んで待機しましょう。
え~っ、もうクルマに移動するんすか。CIAがなかなか来なくて、待ってる間にオシッコしたくなったら、どうするんすか?
世津奈が、コータローの鼻先に携行トイレをつきつけた。交通渋滞に備えてドライバーが用意するアレだ。
うへぇ~、これを使うんすか? みんな、ボクがなにしてるとこ、見ないでくださいよ。
慧子は「そういう悪趣味な人間は、ここには、いない」と言いかけて、止めた。言ってしまうと、コータローの自尊心(歪んだものではあるが)を傷つけるような気がした。
「M」がタブレット画面に目を凝らす。そこには、監視ロボットではなくもともと「隠れ家」の屋上に設置されていた監視カメラが捉えた映像が映っていた。外では、強い雨が降り出している。白い雨しぶきを立てるアスファルトの道を、オレンジ便の宅配トラックが3台続いて「隠れ家」に迫っていた。
私たちは、通販で何も買っていないし、荷物の発送も頼んでいません。
CIAですね。ニセの宅配便トラックを使っているのは、ロボット兵器を運ぶために違いありません。
「隠れ家」は柵で囲まれた15メートル四方の敷地の北西の角に建っている。CIAのニセ宅配便トラックが迫ってくる正面ゲートから見ると、左奥に位置する。
「M」たち5人が乗ったワンボックスカーが隠れている車庫の出入り口は、正面ゲートからみて見て右90度方向を向いている。
CIAは正面ゲートを突破して入ってくるつもりよ。車庫のゲートを開けるから、コータローさん、クルマを出してください。
「M」がタブレットを操作すると、目の前で車庫のゲートが開いた。
コータローがアクセルを踏んでワンボックスカーを車庫から出すと左に急ハンドルを切ってワンボックスの後尾を正面ゲートに向けた。
呆然としている霧島博士を、世津奈がシートの上に押し倒す。
タカタカという軽快なマシンピストルの発射音とともに、後部ガラスとフロントガラスに次々と穴があき、ガラスの破片が伏せている5人の身体に降りかかった。
霧島教授が悲鳴を上げる。
「M」が伏せたままタブレットを操作すると、前方でドンという爆発音がした。
コータローが頭を上げて前方を見る。フェンスが、ちょうどクルマ1台が通り抜けられる幅にわたって吹き飛ばされていた。コータローはアクセルを踏み込んだ。
後ろからCIAの銃弾を浴びながら、ワンボックスカーが「隠れ家」の横を通る狭い道に飛び出す。
コータローの言葉通り、ワンボックスカーが急加速した。
通行量の多い公道に出た。CIAの3台はついてきているけど、撃ってはこないわね。
さすがに、日本の警察を引き寄せやすい行動は控えているようです。