第81話 悪天候を味方につける

文字数 1,425文字

5人で力を合わせて工場建屋からガソリンタンク5個を持ち出し西側の斜面に10メートル間隔で並べると、CIAを迎え撃つ下準備は完了した。

コータローは軽自動車で「隠れ家」に戻った。「戦闘現場」で待機するアオイの食料と着替えを取りにいくためである。夜が明ける前に荷物を持って「決戦場」に戻ってくることができるはずだった。

アオイは、工場建屋に身を潜めていてちょうだい。私たちがCIAから逃亡を始めたら、ポケベルで合図を送る。
そうしたら、グラウンドに出て、偵察ドローンを迎え撃つ。そのあと、グラウンドにとどまって、クルマで乗り付けた慧子たちが蛸壺に入るのを援護する。
アオイさん一人に負担をかけてしまうけど、よろしくお願いしますね。
気にすんな――じゃなくて、気にしないでください。みんなで考え抜いたベストの作戦です。私は、自分の役割をきちんと果たします。
空が白々と明け始めるころ、慧子、「M」、世津奈の3人は、パワード・スーツを装着し、各自の蛸壺に入って不自由なく対戦車ライフル銃を使えるか確認した。3人は、ライフルを蛸壺に残して、出てきた。
なんか、雲行きが怪しくなってきたな。
アオイが見上げる空には大量の湿気を含んでいそうな暗い雲が重くのしかかっていた。


「M」が慌ててスマホの天気予報を見る。

まずいわ。今日の午後から雨が降り出して、明日は大荒れの天気になるという予報だわ。
剥き出しの蛸壺が浸水してしまいます。それに、雨風がひどいと、私たちが敵ロボットを視認しにくくなります。作戦は、天候が回復してから開始しましょう。アオイは、雨が止むまで工場建屋で雨を避けて待機していて。待機時間が長くなって申し訳ないけど、仕方ないわ。
あたし達は、人数が少ない。装備も乏しい。悪天候を味方につけて闘った方がよくないか?
悪天候の中では、私たちがロボットに照準を合わせにくくなります。ですが、ロボットの照準センサーも機能が低下するのではないですか?
そうだよ。天候が悪いと、CIAがドローンに慧子たちのクルマの前方の状況を偵察させても、明瞭な映像は得られないだろう。
それは、悪天候のレベルによるわ。兵器は民生用機器よりも、格段に悪天候に強く作られている。台風並みの悪天候にならない限りは、通常の機能を発揮できるはずだわ。
気象庁は、熱帯低気圧が襲来したのに匹敵する悪天候になると予報している。
どうせ、「うまくいったら儲けもの」の作戦なんだ。悪天候に賭けようぜ。それから、蛸壺にはブルーシートをかけて、雨水の侵入を少しでも抑える。
そのブルーシートを、誰が外すの?
あたしだよ。偵察用ドローンを始末してから、取り除く。あたしの分も含めて、蛸壺は5つだろ。ブルーシートを地面に緩めに固定しておけば、3分もあれば、取り除ける。少なくとも、4つはいける。
それは、出来ない事ではないと思うけど……
アオイさんの案を採用しましょう。悪天候を利用して闘う。蛸壺を雨水から守るブルーシートを張り、作戦が始まったら、それをアオイさんに外してもらう。

世津奈さん、慧子さん、いいわね。

私は、異論ありません。
天候が極端に悪化したら、ドローンとロボットの機能が私たち人間以上に低下する可能性はあります。賭けてみましょう。
アオイの食料と着替えを積んだコータローのクルマが帰ってきた。
コータローさんにも説明しましょう。
「M」の説明を聞いて、コータローに異論はなかった。

こうして、悪天候をついて作戦を実施することが決定した。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色