後部座席の右端に座った世津奈が、リアウィンドウ越しに後方を見る。
(運転席でハンドルを握りながら)土地勘があれば、この県道から外れて脇道や住宅街に入って振り切れるんだが、俺はこのあたりに土地勘がない。
いっその事、思いっきり飛ばしてスピード違反で警察に捕まった方が安全かもよ?
ジャリも、たまにはイイ事を言う。元々、警察にやらされてる仕事だからな。
後部座席でアオイと世津奈に挟まれて小さくなっていた和倉が、「警察」と聞いたとたん、上ずった声を出した。
慧子たちを追ってきている3台のクルマの後方から、サイレンを鳴らしながら、3台の覆面パトカーが迫ってくる。
和倉が後ろを見て、震え出した。
和倉さんが警察と関わりたくないのはわかります。創生ファーマの機密情報を金と引き換えに産業スパイに渡したのですから。不正競争防止法第21 条第1項及び第3項に該当する、営業秘密侵害事犯です。
世津奈さんは、警察官だったころ、そういう事件を扱ってたのか?
生活経済課? ゴミ収集の日に間違ったゴミ出しをした奴とか、禁煙場所でタバコを吸ってた奴をを取り締まってそうな名前だ。産業スパイとは結び付かない。
スパイと言えば公安部、経済事案と言えば刑事部捜査二課というイメージがあるんだが。
みなさん、そうおっしゃいます。でも、公安部が扱うのは他国のスパイ、テロリストと政治犯。二課が扱うのは主に企業の不正行為。企業の営業機密が侵害される事案は、生活経済課の担当なのです。
何をのんきな話をしてるんだ! 警察のクルマも振り切れ!
和倉さん、私たちは警察上層部と司法取引をして、あなたを奪い返しに来たのです。あなたを警察に渡さないと、私たちが大変なことになります。
「超法規的措置」として、あるみたいだぞ。
宝生さん、どうする? クルマを止めて後ろの覆面パトカーに和倉を引き渡すか?
前にニセ警官に襲われました。まず、今ついてきているのが本物の警察か、確かめましょう。
あっ、脇道から白バイが飛び出して、あたし達を追ってくる。どんどん近づいてくるぞ!
ちょうどいい。白バイ警官を撃って、向こうが本物の警察か確かめましょう。
慧子がホルスターから拳銃を抜き、弾倉が新しいものと交換済であることを確かめる。
佐伯警視正の指示で動いている警察官なら、私たちが非殺傷性のプラスチック弾を使っているのを知っているはずです。そうでなくても、日本の警察は滅多なことでは撃ち返しません。
世津奈が窓から乗り出し、白バイの前方を狙って3発撃つ。白バイの前方5メートルほどのところで火花が飛んだ。
撃ち返してこない。あっ、ライトを点滅させて、何か合図を送ってきてる。
池辺さん、スピードを落として白バイに私たちを追い越させてください。
白バイは、アオイが座っている左側から追い越しをかけてくる。
おい、大丈夫か? 接近してから撃ってきたらどうする?
少しでも怪しい気配があったら、アオイさんと私が警官を撃ちます。アオイさん、拳銃をいつでも取れるように両ひざのあいだに挟んでください。そして、両手は助手席のヘッドレストにかけて。まずは、こちらに発砲する意思がないことを示します。
それで、怪しい動きを見せたら、銃を取って撃つんだな。わかった。
世津奈も拳銃を両ひざの間にはさんで、両手を運転席のヘッドレストにかける。
池辺が唾を飲む音が聞こえた。
白バイが後方から接近し、アオイたちのクルマの左方を並行して走る。警官がヘルメットで覆った顔をこちらに向け、サングラスの下から鋭い視線を投げてよこす。白バイが増速し、アオイたちのクルマの前に出た。
白バイ警官が左手を前後に振ってるぞ。あたしたちを誘導するつもりだ。
白バイは県道を200メートルほど走ってから、左折してわき道に入った。池辺は白バイについてクルマをわき道に入れた。