第43話 警察の出迎え

文字数 1,896文字

後部座席の右端に座った世津奈が、リアウィンドウ越しに後方を見る。
3台、猛スピードで追ってきます。
(運転席でハンドルを握りながら)土地勘があれば、この県道から外れて脇道や住宅街に入って振り切れるんだが、俺はこのあたりに土地勘がない。
いっその事、思いっきり飛ばしてスピード違反で警察に捕まった方が安全かもよ?
ジャリも、たまにはイイ事を言う。元々、警察にやらされてる仕事だからな。
後部座席でアオイと世津奈に挟まれて小さくなっていた和倉が、「警察」と聞いたとたん、上ずった声を出した。
警察はダメだ!
でも、もう、警察からお迎えがきたみたいですよ。
慧子たちを追ってきている3台のクルマの後方から、サイレンを鳴らしながら、3台の覆面パトカーが迫ってくる。


和倉が後ろを見て、震え出した。

和倉さんが警察と関わりたくないのはわかります。創生ファーマの機密情報を金と引き換えに産業スパイに渡したのですから。不正競争防止法第21 条第1項及び第3項に該当する、営業秘密侵害事犯です。
世津奈さんは、警察官だったころ、そういう事件を扱ってたのか?
はい。警視庁生活安全部の生活経済課で。
生活経済課? ゴミ収集の日に間違ったゴミ出しをした奴とか、禁煙場所でタバコを吸ってた奴をを取り締まってそうな名前だ。産業スパイとは結び付かない。
スパイと言えば公安部、経済事案と言えば刑事部捜査二課というイメージがあるんだが。
みなさん、そうおっしゃいます。でも、公安部が扱うのは他国のスパイ、テロリストと政治犯。二課が扱うのは主に企業の不正行為。企業の営業機密が侵害される事案は、生活経済課の担当なのです。
(参考)佐伯警視正が所属し調査員になる前の世津奈が属していた、警察の生活安全畑は、私たちの日常生活に密接した広範な事案を扱っています。

警察庁生活安全局『平成30年における生活経済事犯の検挙状況等について』(公式発表です)
https://npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/seikeikan/H30_seikatukeizaijihann.pdf…

へぇ~え。
何をのんきな話をしてるんだ! 警察のクルマも振り切れ!
和倉さん、私たちは警察上層部と司法取引をして、あなたを奪い返しに来たのです。あなたを警察に渡さないと、私たちが大変なことになります。
日本に司法取引はない!
「超法規的措置」として、あるみたいだぞ。

宝生さん、どうする? クルマを止めて後ろの覆面パトカーに和倉を引き渡すか?

前にニセ警官に襲われました。まず、今ついてきているのが本物の警察か、確かめましょう。
あっ、脇道から白バイが飛び出して、あたし達を追ってくる。どんどん近づいてくるぞ!
ちょうどいい。白バイ警官を撃って、向こうが本物の警察か確かめましょう。
慧子がホルスターから拳銃を抜き、弾倉が新しいものと交換済であることを確かめる。
おい、警察を撃つだって! 気でも狂ったのか。
佐伯警視正の指示で動いている警察官なら、私たちが非殺傷性のプラスチック弾を使っているのを知っているはずです。そうでなくても、日本の警察は滅多なことでは撃ち返しません。
世津奈が窓から乗り出し、白バイの前方を狙って3発撃つ。白バイの前方5メートルほどのところで火花が飛んだ。
うわっ、本当に撃ちやがった!
撃ち返してこない。あっ、ライトを点滅させて、何か合図を送ってきてる。
池辺さん、スピードを落として白バイに私たちを追い越させてください。
白バイは、アオイが座っている左側から追い越しをかけてくる。
おい、大丈夫か? 接近してから撃ってきたらどうする?
少しでも怪しい気配があったら、アオイさんと私が警官を撃ちます。

アオイさん、拳銃をいつでも取れるように両ひざのあいだに挟んでください。そして、両手は助手席のヘッドレストにかけて。まずは、こちらに発砲する意思がないことを示します。

それで、怪しい動きを見せたら、銃を取って撃つんだな。わかった。
世津奈も拳銃を両ひざの間にはさんで、両手を運転席のヘッドレストにかける。
池辺が唾を飲む音が聞こえた。

白バイが後方から接近し、アオイたちのクルマの左方を並行して走る。警官がヘルメットで覆った顔をこちらに向け、サングラスの下から鋭い視線を投げてよこす。白バイが増速し、アオイたちのクルマの前に出た。

白バイ警官が左手を前後に振ってるぞ。あたしたちを誘導するつもりだ。
和倉さん、白バイについていきましょう。
白バイは県道を200メートルほど走ってから、左折してわき道に入った。池辺は白バイについてクルマをわき道に入れた。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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