第89話 新グループ結成

文字数 2,738文字

「スナック華」のカウンターにアオイ、慧子、世津奈の3人が並んでいる。カウンターの中にいる「M」が3人に、それぞれの好きな飲み物を並べた。アオイにはジンジャー・エール、慧子にはカクテルのギムレット、世津奈にはアオイと同じジンジャー・エール。「M」は、自分には新しいバーボンの封を切って、グラスに注いだ。
あら、世津奈さんとアオイが2人ともジンジャー・エールが好きだとは知らなかったわ。
ジンジャー・エールが好きな人間に悪人はいない。
ギムレットは、素敵です。チャンドラーの『長いお別れ』でテリー・レノックスが、フィリップ・マーロウに、ギムレットの作り方を教えるシーン、大好きです。
だったら、あたしに義理立てしなくていいんだぞ。慧子と一緒にギムレットを飲め。
私は、アルコールが、まるでダメなんです。気づかずにリキュール酒入りのチョコレートを食べて倒れたことがあります。
そうか、だったら、一生、あたしと一緒にジンジャー・エールを飲め。
では、世津奈さんとアオイさんの慣熟訓練終了を祝して、乾杯!
「M」の音頭で、4人がグラスを突き合せた。
それから、今日は、皆さんに良いニュースがあります。
なんですか?
「シェルター」の中に潜り込んでいたCIAの協力者を発見し、2度とCIAと連絡が取れないよう厳重に拘禁しました。
それは、良かったです。ずっと気になっていました。
皆さんのお陰よ。皆さんが捕まえたプラット博士とその協力者の間につながりがあって、プラット博士の線から割り出すことができたの。
それで、プラット博士も厳重拘禁ですか?
ええ。「シェルター」にはコンクリートに詰めて東京湾に沈めるといオプションはないですから。
正当防衛以外では人の命を奪わないことに私は賛成です。ただ、実際問題としては「シェルター」が抱える悪党が増えて、監視が大変ですね。
そうなの。実は、今日、みんなに集まってもらったのは、そのこととも関係があるの。
どういうこと?
今までは、そういう「悪党系」の拘禁者も、「シェルター」が本来匿うべき人たちと同じ「世話役」-「保護者」システムで面倒見ていたのだけど、「悪党系」が増えてきて十分に監視ができていないのではないかという懸念が出てきたの。それで、「世話役会」は、「悪党系」拘禁者は別建てにして管理することを考え始めたわけ。
ここで、私の個人的な都合になるのだけど、この間の戦闘で肩の骨を砕かれ、人口骨を埋め込む手術を受けた時、手術がうまくいかなかったの。
えっ? アオイさんへのロボット義足装着と私への人工指接合はうまくいったのに、なぜですか?
医療技術側の問題じゃなくて、私に原因があったの。私は国防総省での最後の仕事として、武器商人のエル・リケルメをおびき出す囮を志願した。
そのお陰で、あたしは慧子と再会できて、こうして一緒に働けるようになったんだ。
国防総省は私を追尾する必要があった。だけど、電波発信機だとリケルメ一味に発見されやすい。そこで、私は、体内に放射性マーカ―を注入し、そこから発生する放射線を追跡させた。
ええっ! それって発がん性があったりしないのか? 慧子、身体は大丈夫か?
今のところ、がんにはなっていない。でも、身体のあちこちの骨がもろくなっていた。特に、今回人工骨を埋め込んだ周りの骨は相当劣化していたの。実は、痛みも相当あって、夜は睡眠薬と痛み止めを飲んでいる状態なの。
そんな……
どうして放射性マーカーのことを話してくれなかった!
あなたに余計な心配をかけたくなかった。
アオイさん、慧子さんを責めないであげて。アオイさんに相談して一緒に解決できることなら、慧子さんは必ずアオイさんに説明していたはず。でも、これは手の打ちようがないことだった。
「M」さんは、知っていたんですか?
私に何かあったら、アオイのことは「M」さんにお願いするしかない。だから、話した。
うつむいて、唇をかみしめるアオイ。
慧子さんには、もう、荒っぽい場面にもぶつかる用心棒稼業をお願いするわけにはいかない。だから、私は、「世話役会」に慧子さんを「悪党系拘禁者」の監視責任者に起用することを提案したの。
それで、「世話役会」の承認は、もう取った。だから、あたしには慧子と「さよなら」しろ。そういうことか!
アオイは目からにじみ出るものを慧子と「M」に見られまいと、下を向いた。
いいえ。アオイさんは、これからも慧子さんと仕事のつながりが続くのよ。
(顔を上げて)えっ?
拘禁者は、いくら優秀な慧子さんでも、一人では管理しきれないくらい、いるの。しかも、今後、増えこそすれ減ることはない。

だから、アオイさんには、用心棒の仕事だけでなく、拘禁者管理の仕事もしてもらいたいわけ。アオイさんの負担が増えて申し訳ないのだけど、頼めないかしら。

もちろん、やらせてもらう。慧子と一緒に働けるなら、負担なんて、全然、気にしない。
アオイ、ありがとう。
組織の話をすると、「シェルター」内にセキュリティ・グループを新設して、今までの用心棒業務と新しくできた「拘禁者監視業務」を統合するわけ。

そこで、世津奈さんにお願いなのだけど、あなたも、このセキュリティ・グループに加わってもらえないかしら。

お誘いいただけるのですか? こんな光栄なことはありません。喜んで、慧子さん、アオイさんとご一緒させていただきます。
だったら、世津奈さん、あたしの用心棒稼業のパートナーにもなってくれ。世津奈さんが相棒なら、あたしは安心だ。
すっっごい嬉しいです。でも、私はクルマの運転が下手で、ITも苦手です。
クルマなら、あたしに任せろ。来月で、あたしは18になる。速攻で免許を取って、バリバリ乗り回してやる。ITは……あたしも弱いから……
私が手伝うから、安心して。
IT関係は黒木清左衛門さんにも手伝わせることで、「世話役会」の承認を得てあります。
それは、強力な布陣です。
(心の中で)黒木清左衛門……う~ん……黒いネコだけど、ネズミはガッチリ捕まえるから、良しとするか。
アオイさん、よろしくお願いします。
世津奈が、右手をアオイに差し出してきた。
えっ、あの、その、人生の先輩にそんなことされると、照れちゃうな。

こちらこそ、よろしく。

アオイと慧子がしっかり握手を交わす。
(心に中で)コータローさんもリクルートするつもりだったのだけど、今は引きこもっているそうだし、「京橋テクノサービス」の社長さんの甥御さんだし、彼については、時間をかけて検討ということにしましょう。
お祝いに、お寿司の出前でも頼みましょうか?
うわーい、寿司だ、寿司だ。腹がパンクするまで食べるぞ!
アオイは、本当に、お寿司大好きね。
私も、大好きです。
興奮して寿司屋に電話をかけるアオイだった。
《おわり》
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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