第85話 想定外/(2)CIAのロボット

文字数 1,174文字

光がどんどん近づいてくる。雨音を縫って聞こえてくる音は、クルマのクラクションだとわかる。光は、クルマのヘッドランプだ。と思ったら、自分がライトに煌々と照らされ、アオイは目に手を当てた。


アオイ、大丈夫!
慧子が怒鳴るような声をかけてきた。
大丈夫だ! でも、この天気は、想定外だ。最悪だぞ。
アオイが慧子に怒鳴り返す。
起こってしまったことについて想定外だったなどと言って、何か、役に立ちますか? 何の役にも立たない。今、この状況で出来るベストを尽くすんです。
いつの間にか、目の前に「M」が立っていて、アオイに厳しい言葉を浴びせてきた。
アオイさん、蛸壺は使えますか?
2つは無事だけど……
大丈夫っす。これなら、全部使えます。
だけど、中が水浸しだぞ。
戦争では、兵士が塹壕で首まで水に浸かって闘うなんて、ザラです。溺れさえしなきゃ、いいんです。早く、全員、配置について。
「M」の指示で、全員がそれぞれの蛸壺にもぐった。東に世津奈、西にアオイ、南に慧子、北に「M」、そして東南にコータローという配置のはずだったが、視界が利かないため、世津奈とコータローは、それぞれ、相手が掘った蛸壺に入ってしまった。
頭が出ない!
頭が出ちゃいます。
二人が、壕を間違えたのよ。早く、入れ替わって。
世津奈とコータローが壕から出ようとしたとき、突然、南から射撃を受けた。

世津奈は、壕の縁にかけていた手を放し、壕の底に落下する。コータローは、壕の中で、身体を丸くする。


ロボットの姿は見えない。でも、次に撃ってきたら、火点を狙って仕留めてやる。
慧子のほとんど目の前で閃光が奔った。慧子は左肩にバットで殴られたような衝撃を受けて壕の深い部分に落ちながら、対戦車ライフルの引き金を引いた。銃身が暴れ、銃弾はほとんど空に向けて放たれた。
アオイは、慧子の蛸壺を飛び越そうとした物体が空中で一瞬静止し、後方に跳ね飛ばされるのを見た。


飛ばされた物体のすぐ右から別の物体が現れたと思った時には、もう放電が終わっていた。左前方の雨の中で、バチバチと火花が散るのが見える。

えっ、今のは何? 相手はロボットなのに、撃たれる前に放電してた。


慧子の壕からうめき声が聞こえてきた。
慧子、大丈夫か?
肩を撃たれて、ライフルを撃てない。アオイ、ごめんなさい。西側だけでなく、南も気をつけて!
うわっ、来た!
コータローが叫ぶ声がして、ドンという対戦車ライフルの銃声がする。グシャと金属がつぶれる音が続いた。
続いて、南からもライフルの発射音が聞こえる。
コー君、何してるの? 壕から出ちゃだめよ!
だけど、これ、ボクらが想定してた自走式ロボットと違ってそうです。確かめないと。
コータローさん、危ないことは止めて!
うわ、なんだ、これ! イヌですよ。イヌ型のロボットっす。口から機銃の銃身が突き出てます。
次の瞬間、東から強烈な斉射を浴びた。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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