第78話 決戦場の下見と下ごしらえ/(2)迎撃作戦決定

文字数 1,737文字

「M」が選んだ決戦場は、閉鎖されたエレクトロニクス工場に付設の運動場だった。高さ15メートルほどの丘陵を2段の階段状に造成し、上の段に工場建屋、下の段にグラウンドが配置されている。「シェルター」は、下段のグラウンドを買い取っていた。
工場敷地全体が河岸段丘状で、上面に工場建屋があって、下面がグラウンドになっているのですね。私たちは、このグラウンドのどこに陣取りますか?
グラウンド中央部に塹壕を掘って迎え撃ちましょう。グラウンドの北方向、南方向、東方向から攻めてくるロボットは、斜面を登らなければならないから、搭載している火器を上方向に向けている。グラウンド中央で塹壕にこもっている私たちに有効射撃を与えるのは難しい。
搭載火器を水平以下に向けられるのは、斜面を乗り切って態勢が安定してからですね。
私は国防総省でロボット兵器の設計情報に触れることもあった。自走式兵器は軽量化のため、被弾可能性の低い腹部の装甲を薄くするのが一般的だった。
今回攻撃してくるロボットも腹部装甲が薄ければ、斜面を登り切り、腹部を私たちにさらけ出した瞬間を狙い撃ちすれば、有効打を与えられます。
でもさぁ、腹部の装甲が薄いだろうってのは、あたしみたいなド素人でも考えられるぞプロの兵器開発者なら、その裏をかいて、腹部を重装甲してるかもしれないじゃん。
その可能性はある。敵ロボット兵器の情報を集める時間も方法もないのだから、私の想定が合っているのを祈るしかない。
いくらアオイさんの放電能力が高いといっても、私たち5人だけでロボット兵器を駆使したCIAを撃退するのは、そもそも無理スジですから。
えっ、二人は、あたしのために、そんな危険を冒してくれてるのか?
あなたのためだけでは、ない。私が国防総省に恨みがあることは、話したでしょ。
私の場合は、趣味の問題です。私は、金と力のある奴らが、そうでない人間を踏みにじるのが大嫌いです。そういう奴は世界中にいるから、全部やっつけて回ることはきませんが、目の前で理不尽なことがまかり通ろうとしていると、邪魔したくなります。

問題は、工場建屋から続く西側の斜面ね。あの斜面を下ってくるロボット兵器は、私たちを俯瞰して有効射撃を加えることができる。

煙幕手榴弾で視界を奪えばいい。
ロボット兵器の目はカメラだけではない。サーモグラフィー、ミリ波レーダーなど、数種類のセンサーを装備している。煙幕を張っても効果はなく、反対に私たちが相手を見失ってしまうだけ。
じゃ、こうしよう。西側の斜面を下りてくるロボット兵器は、あたしが引き受ける。他のみんなは、斜面を登ってくるロボットを撃破しろ。
それは、一つの方向ね。
慧子さん、ロボット兵器は、耐火性能もあるのですか?
炎を浴びても燃え上がったり爆発することはない。でも、センサーに異常をきたす可能性はあるわね。
では、西側の斜面を燃やしてみましょう。
燃やす?
西側はアオイさんにお願いするとしても、少しでも敵の機能を阻害した方がアオイさんが闘いやすくなると思います。
でも、私たちは可燃物は持っていないわよ。
工場建屋内を探してみましょう。エレクトロニクス工場なので期待薄ですが、何かしら見つかるかもしれません。
そうね。これから塹壕を掘らなければならないので、あまり時間はかけられないけど、一度調べてみる価値はあるわね。
ドローンと自走式ロボットと同時に攻撃してきたら、ドローンは、あたしが引き受けるしかないな。世津奈さんたちは自走式ロボットから撃たれる危険があるから塹壕から出られない。
なおのこと、西斜面に対するアオイさんの負担を軽くする必要がありますね。
わかった。私は、工場建屋に忍び込んで、可燃物を探してみる。世津奈さんとアオイは、ここで「M」とコータローさんが来るのを待って、塹壕を掘り始めて。
塹壕は、立ったまま対戦車ライフルを射撃できる深さの蛸壺にするのでしたね。蛸壺の上をブルーシートで覆って、その上に土をかけて偽装する。
その通り。
よっしゃ~! コータローが来たら、バリバリ掘らせるぞ。
アオイ、あなたも掘るのです。他の皆を助けるだけでなく、あなた自身の分も掘っておきなさい。姿を隠して放電する方が安全で有利な場合もあります。
へぇ、わかりやした。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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