第22話  とんだ所に来ちまった!

文字数 1,536文字

慧子と世津奈は、まだ麻酔が効いて眠っているアオイを大型バンに乗せ、コータローの運転で池辺医師のクリニックに向かった。

池辺医師のクリニックは、こ洒落たマンションの一室でクリニックの看板は出していなかった。

さきほどコータローが申し上げたような事情があって、クリニックの看板は出していません。池辺先生は、ここで特別な紹介を受けた患者だけを引き受けています。
了解です。

(心の中で)アオイが眠っていて、よかった。あの子は意外に固いところがあるから、ヤミ医者と聞いたら、嫌だといってゴネたかもしれない。

川辺の部屋のドアが開き、若い女性が出てきた。
ケンちゃん、話が違うじゃん。今日はひと晩中楽しもうって、言ってたのにぃ~。
女性の後ろから、まだ20代に見える男性が顔を出す。なかなかのイケメンだ。
そんな約束をした覚えはない。これから診察だ。帰ってくれ。
あれ、廊下に出たら、オバハンが二人。いやだ、ケンちゃん、こんな年増好みだったの? でもさ、もっとマシなのがいなかったの? 二人ともダッサいじゃん。
「オバハン」って、言われた。
「ダサい」って、言われた。
若い女性が、コータローに抱かれたアオイに目を止める。
あら、いやだ。その子、まだ未成年じゃないの。オバハン二人とお楽しみの後、クスリで眠らせた未成年まで食べちゃうつもり。警察に通報するわよ。
バカ、その子が患者だ。麻酔で眠ってる。
ホ~ントかしら? ケンちゃん、嘘が多いからな。
池辺医師が、若い女性を突き飛ばして、玄関前にスペースを作った。
早く入れ。
慧子と世津奈は、アオイを抱えたコータローを先に玄関に入らせる。突き飛ばされた女性が慧子につっかかってきた。
何よ、あんたたち、若い女性に暴力をふるうなんて、警察呼ぶわよ。
慧子と若い女性の間に世津奈が割って入り、女性のハンドバッグを取り上げ、中に手をつっこむ。
ちょっと、オバハン、人の物を勝手にのぞかないでよ!
世津奈がハンドバッグからカプセルをつまみ出して、女性の鼻先に突きつけた。
これ、脱法ドラッグね。これ使ってセックスして舞い上がるつもりだった?

悪いけど、それは、またの機会にしてくれる? それとも、これを持って一緒に警察に行く?

チッ、気分じゃなくなった。出直すわ。ケンちゃん、またね。
若い女性が廊下を遠ざかっていく。
池辺先生も、ドラッグを使っていらっしゃるのですか?
まさか、俺はドラッグなんか、使ってない。あいつが使ってるのも知らなかった。
世津奈さん、よく彼女が脱法ドラッグを持ってるって気が付きましたね。
確信なんか、全然ありませんでした。ただ、私の経験では、ああいう子が脱法ドラッグを持っていることが多いんです。だから、もしかしてと思って。当たって、良かったです。
宝生さん、むかし、警察の生活安全課で不良を補導してたんすよ。
昔と言うほど昔ではありません。交番勤務を卒業して次の仕事だから、今から7~8年前のことです。
あっ、ごめんなさい。プライバシーに踏み込んでしまって。
気にしないでください。コータローが勝手にバラしたんだし、積極的に打ち明けるつもりはないけど、隠す必要のある経歴でもないですから。
また口を滑らせちゃったみたいで、すんません。
いいわよ。もう、慣れてるから。

それより、池辺先生、何をされようと先生のご自由ですが、警察沙汰になるようなことだけはなさらないでくださいね。「ダサくてもいいから」、安全な女性とお付き合いされることをお勧めします。

わかった。気を付けるよ。俺もこんな身の上だ。警察に目をつけられたらイチコロだからな。

さっ、診察を始めるぞ。患者を診察室に運んでくれ。

(心の中で)アオイが眠ってて良かった。起きてたら、「とんだ所に来ちまった!」って大騒ぎするところだった。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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