第38話 「機械屋」

文字数 1,404文字

佐伯警視正が話をつけた相手は通称「機械屋」と呼ばれる男だった。できるだけ小人数と会いたいという「機械屋」の要望で、メカに詳しい慧子とコータローが「機械屋」が指定したビジネスホテルの一室に出向いた。
慧子さん、「機械屋」さん、遅いっすね。約束の時間を15分過ぎてますよ。
日本人は時間に正確だけど、国によっては30分くらいの遅刻は定刻のうちだと聞いたことがある。そういう時計の持ち主なんじゃないの?
え~、だけど、そんな人と一緒に仕事できるかなぁ?

人質奪回作戦って、すごく時間にうるさい仕事ですよねぇ。

行動開始の時に、隊員みんなで時計の針を合わせるとか?
そうそう、それっすよ。
その時、ドアに「タッタカタッタ、タッター」とふざけたノックの音がした。

慧子がドアを開けると、ヒョロっとした若者が入ってきた。

若者は、遅れてきたことなど、どこ吹く風でズカズカと室内に入って来て、手に提げたコンビニの買い物袋かコーラを取り出し、ソファーにかけ長い脚を組んだ。
コカコーラで良けりゃ、あんたらの分も買ってきた。
(腰のポケットから財布を出して)あざっす。いくらっすか?
俺のおごりだ。財布よりヒップホルスターを外してソファーテーブルに置け。気になってしょうがねぇ。そちらのお姉さまは、ショルダーホルスターごと外せとは言わないから、ハジキだけ出しな。
目が利くのね。
若くても、俺は業界歴が長い。俺を出し抜こうなんて考えない方が身のためだぞ。


さてと。気分が落ち着いたところで、仕事の話だ。沖合いに停泊してるクルーズに穴をあけて、修理のために港に戻らせるんだって? その場で沈めちゃダメなのか?

クルーズから連れ出したい男が一人いる。彼が泳げるかどうか、知らないのよ。だから、陸で捕まえたい。
ふうーん。
「機械屋」が、まず、慧子を頭からつま先まで眺めた。続けて、コータローも。
(慧子に向かって)あんたは、俺の同業者だな。
ええ、エンジニアだけど。
それから、そっちの兄ちゃんは理系でも、金にならない夢みたいな話を追っかけてる奴。数学か天文学ってとこかな?
数学者だ。数学は、全ての学問の基礎だ!
ふっ、言ってろ。
まぁ、いい。あんたらは二人とも、頭は回ってそうだ。うっかり、頭の回ってねぇ奴と仕事すると、こっちの命が危ねぇからな。
ボクは、時間にも正確な人が安心っす。
あぁ、待たせて悪かったな。部屋の前で、あんたたちの様子を少し観察させてもらってた。
えっ?
気がつかなかったのか? 部屋の天井の隅っこを見てみろ。
「機械屋」が指さす先で、小さな光の点のようなものが見えた。レンズの反射だろう。


慧子が近づき、背伸びしてじっと見つめる。

見落とした。でも、これほど小型の監視カメラはめったに見たことがない。あなたが作ったの?
俺の手製だ。あんたらに指定した時間の1時間前にここに来て、仕掛けておいた。
イヤな男だなぁ
私は気に入った。「機械屋」さん、よろしく頼むわ。
わかった。俺は高くつくが、それは佐伯が払うと約束したからいいだろう。では、明日の朝4時に、あんた達二人でここに来い。俺は漁船とロボット魚雷を用意して待っている。時間厳守だからな。
「機械屋」が差し出したメモを慧子が受け取った。
あんたら、コカ・コーラはいらないのか? いらないんなら、俺が持って帰るぞ。
飲みますよ。飲むに決まってるじゃないすか。
コータローがソファーテーブルの上のコーラの入った袋を取り、胸に抱えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色