第42話 和倉奪還

文字数 2,169文字

アオイ、世津奈、池辺の3人は、和倉を乗せた大型クルーザーが根城にしている小さな港に来ていた。港の場所は、佐伯警視正から教えられていた。アオイたちはクルーザーが利用している桟橋の15メートルほど後方にある無人のプレハブ小屋にこもって、割れた窓から外の様子をうかがう。
桟橋の手前に、様子の悪そうな連中が集まって来ました。ゴルフバッグを担いでいる奴がいます。ショットガンとかライフルとか隠し持っていそうです。
そろそろ、クルーザーが戻ってくるってことか?
遅すぎるぞ。「機械屋」の奴、ちゃんと仕事してんのか?
「機械屋」さんなら、大丈夫です。彼は腕の確かなプロです。
世津奈さんがそう言うなら、信じる。
世津奈が、窓の割れ目から双眼鏡を突き出して沖合に向ける。
来ました。右舷に少し傾いて、スピードも出ていません。「機械屋」さんがプロの仕事をしてくれました。
30分後、クルーザーは傾いた右舷側を桟橋に横付けする形で停船した。


アオイ、世津奈、池辺の3人は、プレハブ小屋の屋根に伏せて身を隠していた。アオイはプラスチック弾入りのショットガン、世津奈はペイント弾入りのライフル、池辺はアーチェリーに、発煙筒を先端に取り付けた矢をつがえている。

迎えの連中とクルーザーから降りてくる連中が桟橋の上でごっちゃになったら、厄介だぞ。
アオイさん、それは大丈夫です。迎えの連中の役目は陸側をガードすることです。狭い桟橋をふさいだりしません。
降りてきたぞ。
では、アオイさん、私を援護してください。
世津奈が屋根の上で片膝立ちになってライフルを構え、クルーザーのタラップに照準をつけた。


アオイも片膝立ちになり、ショットガンを桟橋の手前にたむろっている男たちに向ける。

おっ、来たぞ。和倉がタラップを降り始めた。
ズドンと腹に響く音がして、世津奈のライフルが火を噴いた。ペイント弾は有効射程距離が短いので、大口径のライフルを使ってタラップ上の和倉まで届かせようとしている。
やった、胸に命中です。これで、煙幕を張っても和倉さんを見失うことはありません。


池辺さん、煙幕をお願いします。

和倉は身を起こし、矢を放とうとする。銃声に気づいた男たちが、プレハブ小屋に向けて発砲し始めた。


アオイがショットガンで応射する。

うわっ、これじゃ、俺が弾をくらっちまう。
和倉がアーチェリーを持ったまま、屋根から飛び降りる。
ヤブ医者、逃げんのか!
逃げるんじゃない。弾の来ないところから、落ち着いて矢を放つんだ。
池辺がプレハブ小屋の陰から宙に向けて矢を放った。矢はきれいな放物線を描いてプレハブ小屋を飛び越え、銃を撃ってくる男たちの前に着地する。先端の発煙筒から、黒い煙が噴き出した。
アオイさん、ガンガン撃ちますよ。
世津奈が狙撃用のライフルから自動小銃に武器を切り替えた。もちろん、装填されているのは非殺傷性のプラスチック弾だ。
あいよ!

アオイは黒煙に包まれ始めた男たちに向けてショットガンを撃ち続ける。これもまた、非殺傷性のプラスチックペレットを装填している。

世津奈の自動小銃がタタタタと軽快な音を立てる。

池辺が放つ矢が次々と地面に達し、男たちの姿は黒い煙に巻かれて見えなくなる。

アオイさん、和倉さんが見えますか? 蛍光塗料のペイント弾を命中させたから煙幕の中でも見えるはずなのですが。
見えない! 海に飛び込んだのか?
クルーザーの中に逃げ戻ったんだよ。俺に任せろ。
池辺がプレハブ小屋の陰から出て、小屋の正面に立った。アーチェリーに火矢をつがえ、クルーザーの木製甲板めがけて放つ。たちまち、クルーザーから火の手が上がった。
あっ、和倉が出てきた。今、タラップの上。
アオイさん、行きましょう!
アオイと世津奈はショットガン、自動小銃を拳銃に持ち替え、煙幕の中に駆け込む。二人は煙幕の中でもお互いがわかるように衣服に蛍光ペイントを塗ってある。

二人は行く手に現れる男たちを次々撃ち倒して、桟橋に直進する。アオイの耳元を銃弾がかすめ、すぐ近くで男性の悲鳴が上がった。

バカ、撃つな。この煙の中で撃ったら、相討ちになる。
世津奈が煙幕の中で蛍光ペイントに染まった衣服を際立たせた男の襟首をつかみ、こめかみに銃をつきつける。アオイが顔を近づけ、その男が和倉であることを確かめる。
世津奈さん、和倉だ。間違いない。
和倉さん、またお会いしましたね。一緒に来ていただきます。
和倉を連れて行かせるな。桟橋の出口に人垣を作れ!
アオイがポケットからゴム製の手榴弾を取り出し、前方の海に投げ込んだ。ゴム製だから爆発しても金属片で人を殺傷することはないが、爆発音と水しぶきは男たちを脅えさせるに十分だった。
今のは投げそこなった。今度は、あんた達の真ん中に投げ込む!
人垣を作ろうとしていた連中が、クモの子を散らすように逃げ出すのがわかる。


クルマのエンジン音が急に近づき、ヘッドライトの光の筋が煙幕を貫いた。池辺がプレハブ小屋の裏に隠しておいたクルマで乗り付けたのだ。

急げ、早く乗るんだ。
アオイと世津奈は、和倉を両側からつかんでクルマに押し込み、自分たちも乗り込んだ。


池辺がアクセルを踏み込み、クルマをバックさせ、そのまま港に面する県道に飛び出す。池辺がハンドルを鋭く左に切りクルマ90度旋回させる。

よっしゃ、引き揚げるぞ。
クルマが東京方面へと疾走し始めた。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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