第56話 保 険 ⇒ (改題)言いがかり

文字数 1,694文字

佐伯が部下二人を連れて土足のまま乗り込んできた。しかも、部下たちは官給品の回転式拳銃を手にしている。
貴様ら、よくもやってくれたな!
なんのお話でしょう?
とぼけるな! 創生ファーマの工藤社長が違法な臓器取引を自白する映像をネットに流したのは貴様らだろう。
えっ、そんなもんが流れてるんすか?
良心の呵責に耐えかねて、ついにゲロっちまったわけか。だけど、従業員にとっちゃ、いい迷惑だな。このせいで会社がつぶれちまうかもしれない。
他人事みたいに言うな。創生ファーマがつぶれて三万人の従業員が路頭に迷ったら、それは貴様らのせいだぞ。
創生ファーマの社長は自ら白状したのでしょう。それとも、私たちが念を飛ばして社長に自白させたとでもおっしやるのですか?
社長の工藤は、良心の呵責に耐えかねてなんて殊勝な奴じゃない。あれは、絶対に脅迫されて自白したんだ。脅したのは貴様らだ。
なぜ、私たちを疑うんです。
貴様らは、前に聖命会総合病院に送り込まれていた用心棒の自供映像をネットに流した。今度も同じ手口だ。
あれは私たちの命を守るために必要だったからです。工藤社長にヒト臓器の違法取引を白状させても、私たちには何の得もありません。
そうだ。あたしたちは、あんたとお役人仲間が創生ファーマを使ってアフリカの貧しい人たちに和倉の抗マラリア新薬を提供できたらいいと祈ってたんだぞ。その邪魔をするようなことをするわけないだろ。
(心の中で)嫌だ、アオイったら。私たちが佐伯警視正の計画を知っていることは絶対に隠しておかなければならないと、ついさっき話していたのに。
(心の中で)今、この場面で、一番言ってはいけないことを言ってしまいましたね……
見ろ、貴様らは我々のBACプロジェクトを知っていたのだ。知っていて、邪魔をした。
(心の中で)これは、もう、無理筋でもしらばっくれ通すしかない。

BCA? 初耳です。なんのことですか?

下手な芝居は止めろ! 貴様はとっくに知っているはずだ。Block Chia in Africa プロジェクト。和倉の抗マラリア新薬を我々がアフリカで普及させ、中国のアフリカでの影響力拡大をブロックするプロジェクトだ。
(部下A)警視正、それは秘密の計画です。
佐伯の部下のひとりが慌てる。
秘密だって? もう秘密じゃないんだよ。こいつらはBCAプロジェクトを嗅ぎつけて妨害したんだ。
いいえ、そういう計画があるとは、今はじめて知りました。
俺も初耳だ。
だが、その小娘は、我々がアフリカで和倉の抗マラリア新薬を普及させようとしていたと言ったぞ。
自分の先ほどの失言に気づいたアオイが今度はしらばっくれる。
あたしは、そんな事、言ってないぞ。
この子はちょっと頭が回ってないところがあって、意味不明なことをよく口走るのです。佐伯警視正が私たちに秘密を知られていると思い込んでいらしたから、この子がその秘密に触れているように聞こえただけでしょう。
人間は本当に発言された内容ではなく、自分が予期している内容を聞くと言われてますからね。
さきほどまで機関銃のようにまくし立てていた佐伯警視正が黙る。部下たちの不安そうな視線を感じ、イライラした素振りを見せる。
お前たちはクルマに戻っている。後は、私が独りで話をつける。
(部下B)しかし、こいつらは四人もいます。警視正に危害を加える恐れがあります。
こいつらは、超ド級のバカ者どもだが、警察庁の高級官僚に暴力を働くほど愚かではない。クルマに戻っている。これは命令だ。
(部下A)わかりました。

(部下Bに向かって)ここは警視正にお任せして引き下がろう。

佐伯は神経質な素振りで部下たちが廊下に出て行くのを見送る。
貴様らは、本当にBCAプロジェクトについて何も知らなかったのか?
今、はじめて知りました。
私もです。
クスリを中国を打ち負かす道具に使うとは、腐れたことを思いついたものだと驚いているよ。
あたしも、同感だ。あんたら、ケツの穴がちっちぇぞ。
(心の中で)クソッ。こいつらが知らなくてもいいことを教えてしまった。どうすればいいんだ。だが、工藤社長に自白させたのがこつらでないなら、いったい、誰なんだ。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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